得壷山房印寄トップ画像

古書店三月兎之杜にて買取させていただきました、希少な中国書道の印譜をご紹介します。印譜とは中国古来の歴代の印章や印鑑を収録した書籍となります。

印譜とは

得壷山房印寄 印影

印譜は中国古来からの印章を集めた冊子です。
中国では印章は戦国時代から使用されてきました。身分の高い者たちの間で、文書などの内容を証明するために捺されたそうです。現代日本のハンコとあまり変わらない使われ方ですね。

日本では江戸時代にハンコの使用が民間にも広がり、現代でもハンコ文化と呼ばれるほどに浸透したのに対し、本家中国ではむしろその印鑑の印影自体の美術性が注目され、書道の手本となるなど独自の発展を遂げています。

原鈴、鈐印とは

得壷山房印寄 印影アップ

中国では歴代の印章の記録を残すことも重要でした。印譜はその本を編纂した時点で残っていた印章を伝える役割を持っています。「原鈴本」はもととなる印章を直接鈐(押捺)したもので、記録集として最も原典に近いものを伝えます。

過去の印譜などに残された印をもとに複製し(模刻)、鈐した印を集めた印譜は「鈐印本」と呼ばれます。また、木版印刷が普及すると「翻刻本」と呼ばれる印譜も作られるようになり記録として残されるようになりました。当然「原鈴」以外は印影の再現性は順を追って低くなるわけですが、その再現性を維持するために篆刻文化も発展していったわけです。

得壷山房印寄について

得壷山房印寄 一式

今回お譲りいただいた『得壷山房印寄』は、李 佐賢(1807~1876)により集められた印影をまとめたものとなります。李佐賢の時代に現存していたと思われる印章を鈐した原鈴を、和綴じにしたものとなります。

李佐賢の著書にはこのほかに『石泉書屋全集』などの著書もあり、各地の碑文などを記録していたりしたようですね。


『得壷山房印寄』も『石泉書屋全集』もいずれも三月兎之杜にて買取をお待ちしております。和綴じ本は古いものですので、紙の変色や破損・欠損、綴じ糸のほつれや切れなどは当然と考えております。状態にかかわらず、いつでもお気軽にご相談ください。

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書道関連の買取

投稿者:taguchi

教行信証講義録 トップ画像

浄土真宗の最大宗派である本願寺派がまとめた仏教書『教行信証講義録』をお譲いただきました。ありがとうございます。本書は浄土真宗の宗祖である親鸞が著した『教行信証』についての講義をまとめた書籍となります。

親鸞と教行信証

教行信証科段 内容1

親鸞(1173~1263)は、鎌倉時代初期の僧侶です。後に浄土宗の宗祖となる法然(1133~1212)を師と仰ぎ、その浄土往生の思想を継承。親鸞本人はあくまで法然の教えをさらに高めていくことを目的とし、自ら開宗するつもりはありませんでした。

しかし親鸞の死後、弟子たちがその教えを基に新たな教団として発展させたのが浄土真宗です。その時にさかのぼって、聖典である『顕浄土真実教行証文類』の草稿が完成した1224年を開宗の年としています。この『顕浄土真実教行証文類』の通称こそが『教行信証』です。

もともと『顕浄土真実教行証文類』は、親鸞の祖である法然が記した『選択本願念仏集』を解説し、その正当性を論証する内容でした。一方で本書から読み取れる親鸞の仏教教義解釈は非常に独特なもので、他の宗派とは大きく異なっていると言われています。それ故に本書が浄土真宗の聖典となり、同宗派を伝える本願寺派からは「御本典」、親鸞の真蹟本を所蔵する真宗大谷派では「御本書」などと呼ばれています。

教行信証講義録

教行信証講義録 ケース

今回お譲りいただきました『教行信証講義録』は、本願寺派の大江淳誠和上(1892~1985)が『教行信証』について解説した講義をまとめたものとなります。編集・出版元となる宗学院は出版社ではなく浄土真宗本願寺派の寺院となります。

教行信証科段 内容2

大江淳誠は福井県丹生郡四ヶ浦町の浄土真宗本願寺派浄信寺に生まれ、1922年に龍谷大学を卒業。1940年に同大文学部教授に就任。1946年に仏教学を指導する位である勧学となり、1949年に西本願寺にて「往生論註」を講じます。そして1963年に講じたのが『教行信証』です。

大江淳誠は講義にあたっては『教行信証』全巻を諳んじ、独特の話術と名調子で受講者の人気も高かったようですね。同和上は本書のほかにも『教行信証講述』『教行証文類と相承の釈義』『教行信証と仏教思想』『教行信證体系』など、『教行信証』およびそのほかの浄土真宗関連書の解説・講義書を多数著わしています。

古書店三月兎之杜では仏教書や宗教関連の専門書の買取をお待ちしております。宗派不問、秘密厳守です。まずはお気軽にご連絡ください。

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投稿者:taguchi

今回ご紹介するのは、2022年5月24日より発売開始し、2026年3月に全100号をもって完結した『スター・ウォーズ スターシップ&ビークル・コレクション』です。

今でも多くのファンに愛される「スターウォーズシリーズ」に登場するスターシップやビークルを、ダイキャストモデルで再現したデアゴスティーニシリーズです。

以前発売されていた『R2-D2』や『ミレニアム・ファルコン』などとは違ったコレクション要素と魅力があり、ファンとしても嬉しい内容となっています。現在は31号まで発売がされていて、全80号での完結が予定されています。これから続々と登場するスターシップやビークルのことを考えると、期待が高まります。

『スター・ウォーズ スターシップ&ビークル・コレクション』のバックナンバー

過去に発売されたスターウォーズ関連のデアゴスティーニ買取りブログもございます。査定価格もご紹介していますので、参考になさってください。シリーズ刊行途中のお品物も、買取りいたします。


最後までご覧いただきありがとうございました。

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詳しくは、古書店三月兎之杜のデアゴスティーニ買取のページを是非ご覧ください。

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投稿者:usagi

ドラゴンボール 第1巻第1刷 トップ画像

1985年発行の『ドラゴンボール』第1巻第1刷をお譲りいただきました、古書店三月兎之杜の買取をご利用いただきありがとうございます。

ドラゴンボール 第1巻第1刷  奥付

こちら、経年による若干の褪色こそありますが、40年以上前に発行されたものとは思えないほど状態は良好です。天地や小口、かどの擦れや折れなどがなく、カバーもよれず本体と一体化したかのように形を保っています。41年間書店の棚に収まっていたのではないかと思わせるほどです。正直外観はもちろん、中のページを開くのも緊張しましたね。

ドラゴンボール 第1巻第1刷  コンディション1
ドラゴンボール 第1巻第1刷  コンディション2
ドラゴンボール 第1巻第1刷  コンディション3

『ドラゴンボール』とは

ドラゴンボール 第1巻第1刷  トビラ

鳥山明・著『ドラゴンボール』は、週刊少年ジャンプ51号1984年11月発売)から1995年25号まで10年半に渡って連載されたファンタジーアクション漫画です。

ジャンプ ドラゴンボール連載開始号
『ドラゴンボール』連載が開始された、週刊少年ジャンプ51号(12月3日号)1984年11月発売

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ドラゴンボール 第1巻第1刷  目次

鳥山明はすでに週刊少年ジャンプで『Dr.スランプ』(1980~1984)を連載し、同誌の人気漫画家の一人となっていました。しかし『Dr.スランプ』では1話完結式のギャグマンガというスタイルをとるうちにアイデアが枯渇し、終盤では作中でもその悩みを吐露するようなメタ展開となっていきました。

そのためか次の連載は同じギャグではあっても西遊記をモチーフとした、連続ストーリー形式のロードムービーとしてスタートします。

ドラゴンボール 第1巻第1刷  トビラギャラリー

ただしロードムービー要素は序盤のみで、ジャンプ連載の常ともいえるトーナメントバトル編(天下一武闘会)に突入。以降は強大な敵が登場し、修行して撃退。時にはその敵が仲間となりさらに強大な敵に挑む、といった少年漫画の王道を進む作品となっていきました。とはいえやはり鳥山マンガの特色ともいえる、敵役を含む登場人物たちの憎めない性格は魅力の一つでしたね。

連載終了後もアニメやゲームなどで、続編や番外編ストーリーが製作されるようになっていきます。2010年代に入ると、鳥山明氏本人が積極的に新作アニメの原案や脚本に関わるようになっていきました。そのためストーリーや世界観に破綻がなく(敵や舞台スケールのインフレという王道展開も含め)、名実ともに『ドラゴンボール』の世界が続いていきました。

しかし残念ながら鳥山明氏は2024年3月1日に急逝。訃報が発表された3月8日は、文字通り世界中が悲しみに包まれました。

『ドラゴンボール』第1巻

ドラゴンボール 第1巻第1刷  表紙2

今回お譲りいただきました『ドラゴンボール』第1巻は、触った瞬間に本としての存在感が違うのを感じました。

ドラゴンボール 第1巻第1刷  背表紙

私個人も当時のコミックスは何冊か残っていますが、たとえ読まないでいても引っ越しや整理などで本棚の移動をさせるだけで少しずつ表面やかどなどにスレや劣化が発生します。今回は、ほとんどその劣化が見られませんでした。

ドラゴンボール 第1巻第1刷  2巻予告

1刷目というか初版の特徴としては、こちらの2巻の予告ページの存在でしょうか。はたしてどの段階からかは未確認ですが、少なくとも2巻が発売された86年1月以降は変更され、版も変わっていると思われます。1巻との間は4カ月ですので、初版というだけでも希少、その第1刷はさらに希少、そしてこのような美品はとんでもなく希少といえるでしょう。


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投稿者:taguchi

木谷實全集 トップ画像

明治42(1909)年生まれの囲碁棋士、木谷実(實)の全集をお譲りいただきました。ありがとうございます。

木谷実(きたに みのる)は神戸に生まれ、少年時代から天才棋士として活躍。各種手合(対局)に取り組むと同時に囲碁研究にも打ち込んだ人物です。昭和8年に呉清源と共に発表した「新布石」は、斬新なスタイルで話題となります。実際に彼らはその新布石によって好成績をおさめています。

翌年に平凡社から出版された『囲碁革命・新布石法』は実に十万部の大ベストセラーとなるなど、社会現象ともいえるブームを巻き起こしました。いかに木谷たちが生み出した新布石が革新的であったかと同時に、当時の囲碁人気を感じますね。

「新布石」は田中不二男らが「ウルトラ新布石」を提唱するなどヒートアップしましたが、1936年頃には沈静化していきました。

生い立ち

木谷實全集 1巻

木谷は8歳の頃より鳥居鍋次郎に師事し、続いて鴻原正広久保松勝喜代に師事しました。大正10(1921)年、12歳で鈴木為次郎の内弟子となるべく上京。この時二所ノ関部屋に居候することになり、力士たちに弟分としてかわいがられた縁で大食漢となったといわれています。

大正13(1924)年に入段。同年に設立された日本棋院に参加し、そこで中国出身の呉清源と出会います。

▼呉清源についてはこちらもご参照ください

以後、木谷は毎年のように段位を上げ昭和2(1927)年には四段となり、「怪童丸」の異名で呼ばれるようになります。各種手合いでも好成績を重ね、本因坊名人引退碁に勝利します。その激戦の様子と世襲制だったそれまでの本因坊制度の終焉は、川端康成の『名人』に描かれるほどの名勝負でした。同作における本因坊の対局者「大竹」のモデルこそ、木谷その人です。

また、自宅を木谷道場として後進の教育にも力を注ぎます。彼の弟子たちは1970年代から平成初頭頃までタイトルを多数奪取し、現在も孫弟子まで含め一門からプロ棋士を多く輩出しています。1975年12月、木谷はこの世を去りました。

獲得タイトル

木谷實全集 本

木谷は不思議とタイトルにはなかなか縁がなく、初タイトルは1957年の囲碁選手権戦と最高位戦。翌年には最高位戦を連覇し1959年にはNHK杯にも輝きます。しかし自らそれまでの世襲制に引導を渡したはずの本因坊戦では、三度挑むものの挑戦者止まりでした。ただし1971年に門下生である石田芳夫が「本因坊」を獲得しています。

著作・打碁集

先述の「新布石法」(1933)は木谷と呉の研究を囲碁ライターの安永一がまとめたものですが、翌年には自ら執筆した「布石と城跡の統合」を上梓。晩年には脳溢血によって療養と復帰を重ねます。1968年の第六期プロ十傑戦を最後に正規の手合いからは離れます。同年打碁集『現代の名局3・4 木谷実』が誠文堂新光社より刊行されています。

木谷實全集 奥付

今回お譲りいただきました『木谷実全集』は、1977年刊行開始。翌78年5月に第5巻が発売され完結します。このほか1980年にスタートした打碁全集シリーズ『現代囲碁大系』(講談社)では、全47巻中の第8巻『木谷実 上』と第9巻『木谷実 下』にまとめられています。


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投稿者:taguchi

『趙次閑印譜』10冊揃 トップ画像

古書店三月兎之杜にて買い取らせていただきました希少書より、『趙次閑印譜』をご紹介させていただきます。本書は清朝中期に活躍した篆刻家・趙之琛(1781-1852)の作品を収録した印譜となります。

中国印章文化の歴史

前回の『澂秋館印存』ではご紹介しきれなかった印章文化の歴史について少々お話します。

印章は西アジアで発祥し、そこから東西に伝わったといわれています。中国の歴史において印章が定着したのは戦国時代(紀元前5世紀~紀元前221)まで遡ります。政令などの発行者を示すなどの用途のほか、商取引における保証としても使われました。紀元前221年に全土を統一した秦の始皇帝は、それまでバラバラであった各国の文字を小篆に統一。印章の文字もそれにあわせていきました。

ちなみに中国戦国時代の印章は文字よりも動物などの絵をモチーフとした、「図像印」が多く用いられます。文字自体が未発達であったり、識字率の問題などもあったと思われます。先述の通り秦による中国統一以降も、図像印は六朝時代(222-589)頃まで使用されていました。

なお、図像印は中国の印章史的には途絶えましたが、日本の戦国時代に流行(?)したのか一時的に復活しています。後北条家の印では署名の枠上に虎が寝ていたり、武田信玄は龍の図案を印章として用いていました。

趙次閑について

『趙次閑印譜』内容

本印譜の題である「趙次閑」は、印章の著者である趙之琛の字。趙之琛は篆刻家であると同時に書家、画家としても活躍しました。室号は補羅迦堂となります。

趙之琛は古来からの石碑などに刻まれた碑文を研究する金石学に通じ、その道の大家である陳豫鐘に師事しました。師と共に浙派(西泠印派)の西泠後四家に数えられています。

篆刻を記す刀法は陳鴻寿に師事。陳鴻寿のほか黄毅、西剛といった篆刻家の長所を融合させて玉に刻む方法を確立し、西泠印派の頂点を極めたとも評されています。ちなみに西泠後四家の一人でもある陳鴻寿の刀法は、「あたかも筆のように」印刀を刻んだと評されています。

書家としてはすべての書体に優れ、篆書、文書、行書、楷書において独自の様式を確立。画家としては山水画は元代の様式を踏襲。晩年は仏教に傾倒し仏像画も多く描いています。

『趙次閑印譜』側面

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投稿者:taguchi

澂秋館印存 トップ画像

中国古来からの印章を集めた『澂秋館印存』の希少な和本綴じ全10冊揃いをお譲りいただきました。
ありがとうございます。

中国における印章文化

澂秋館印存 印章1

中国では古来より、石や金属に刻まれた印章によって身分や役職の高い者からの許可を保証していました。日本における現代の印鑑文化と変わらないですね。歴史小説などで度々皇帝位の象徴となる「玉璽」や、後漢の光武帝から贈られたものという説のある国宝「漢委奴国王印」などですね。「璽」は皇帝が用いる場合、「印」は官吏以下一般の者までが使う場合に用いられ、基本同じものを示しています。要はハンコです。

澂秋館印存 印章2

印章に文字を刻むことを篆刻とし、そこに用いられる書体は時代や流行によって変化していきます。中国では書道の一ジャンルとしてこうした書体が収集され、鑑賞や研究に用いられるようになりました。

『澂秋館印存』

澂秋館印存 帙

今回お譲りいただきました『澂秋館印存』は、中国歴代の印章の印影や印款を掲載した「印譜」と呼ばれる書籍です。清代末期の官僚であり、詩人・学者・書家・歴史家である陳寶琛ちんほうちん(1848-1935)が集めた古璽・古印を収録しています(ちなみに陳寶琛はラストエンペラー・溥儀の皇帝時代最後の帝師でもありました)。王朝や各種機関に伝わる印璽のほか、陳自身が数十年をかけて収集した印も多いようです。

澂秋館印存 表紙1

歴史ある印影は書道家や書道研究家はもちろん、篆刻自体が美術品として鑑賞される対象となっており、豪華すぎるスタンプブックといえるかもしれません。

澂秋館印存 表紙2

本書は1980年代に通常の書籍としても発売されていますが、それらより前の清代の唐本を和綴じ製本し、帙入りとしたもの。陳寶琛自身がまとめた原典に近いものですし、書籍版とは買取価格も2~3桁違っております。いわばこの仕様じたいも美術品として評価されているわけですね。


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デアゴスティーニ『スプリンター トレノAE86』 トップ画像

デアゴスティーニの分冊百科(パートワーク)、『スプリンター トレノAE86』全110号をお譲りいただきました。ありがとうございます。本シリーズは2022年6月より2024年8月にかけて展開。全110号に付属するパーツを組み立てると1/8スケールのAE86トレノが完成する、ビルドアップ型のパートワークシリーズです。

AE86スプリンタートレノとは

デアゴスティーニ『スプリンター トレノAE86』1

『頭文字D』における主人公の愛車としても有名な、AE86 スプリンタートレノ。小型大衆車のカローラから派生したスプリンターの、さらにスポーティーモデルとして1972年に登場。以後モデルチェンジを重ね、1983年に共に4代目として登場したのがAE86 カローラレビン/スプリンタートレノです。

この年、本家のカローラとスプリンターはFF化されましたが、レビン、スプリンターはFRを維持。しかし1987年にAE92型にフルモデルチェンジした際にFF化されたため、手ごろな価格のFRライトウエイトスポーツとして生産終了後も人気車種となります。

デアゴスティーニ『スプリンター トレノAE86』2

AE86レビン/トレノとも2ドアクーペ・3ドアハッチバックがラインナップされましたが、リアガラスの面積が広い3ドアの方が重くなっています。また、Aトレノはリトラクタブルヘッドライトを採用し、固定ライトのレビンとの差別化が図られました。しかし部品点数が増加。破損時や故障時のコストも高くなるイメージがありました。そのためAE86におけるトレノの生産台数はレビンのおよそ半分に過ぎません。

デアゴスティーニ『スプリンター トレノAE86』3

そんな最も不人気な組み合わせだった3ドアハッチバックのトレノでしたが、『頭文字D』連載が始まるとともに一躍人気車種となったのは当時を知る者には不思議に思うところもあります。

デアゴスティーニ 週刊『スプリンター トレノAE86』

デアゴスティーニ『スプリンター トレノAE86』4

デアゴスティーニがモデルアップしたのは、1983年のフルモデルチェンジ時に発売された83年式前期型最上級グレードであるGTアペックス。ホワイトとブラックのツートーンカラーは『頭文字D』の藤原とうふ店社用車と同じですね。スケールは1/8で完成時の全長は約52.6cm、重量は約6.3kgにもおよびます。

デアゴスティーニ『スプリンター トレノAE86』5

リトラクタブルの開閉と点灯、ウインカーほか各部灯火類、室内灯やデジタルメーター(エレクトリックディスプレイメーター)の点灯・消灯が可能。ホーンやウインカー、エンジン音の再生など、発光・サウンドギミックが盛り込まれ、リモコンによる操作が可能です。

デアゴスティーニ『スプリンター トレノAE86』6

もちろん左右のドアやボンネット、ハッチバックなどが開閉。ボンネット内には4A-GEU型エンジンも再現され、カーモデルとしての再現度も高いものとなっています。


古書店三月兎之杜では、デアゴスティーニなど各種パートワークの買取をお待ちしております。全号揃いでなくとも前半だけ、後半だけ、あるいは欠号ありでも大歓迎です。まずはお気軽にご連絡ください。

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投稿者:usagi

アシェット トヨタ2000GT トップ画像

アシェットの分冊百科(パートワーク)シリーズより、1/8トヨタ2000GTの買取事例のご紹介です。2022年1月に全100号予定で展開スタート。週刊ペースで発行され、2023年12月に本体パートが完成しました。

その後延長が決定し、97号から150号までのパーツを組み立てると2000GTに搭載されていた3M型エンジン1/4モデルが完成。さらに再延長となった151号から163号では、ステージ用スポットライトや1/64ミニカー、ワイヤースポーツホイールなど、2000GTの魅力を引き立てる様々なアイテムがリリースされています。

アシェット トヨタ2000GT 未組立

今回は本体全100号分の完成品セットと、他のお客様よりお譲りいただきました1~37号までのセットをあわせてご紹介いたします。

トヨタ 2000GTとは

アシェット トヨタ2000GT フロント

1967年から1970年まで販売されたスポーツカーです。その開発にはトヨタ自動車とヤマハ発動機が共同であたり、ヤマハに生産委託され、トヨタブランドで販売されました。直列6気筒を収めたロングノーズショートデッキを流れるようなボディラインでまとめあげ、リトラクタブルライトや4輪ディスクブレーキをはじめとする当時最新の技術が投入されていたことや、わずか337台という生産台数などから、「日本初のスーパーカー」とも呼ばれています。

アシェット トヨタ2000GT  サイド

デビュー年に公開された映画『007は二度死ぬ』は日本を舞台とし、同作用にオープンカーへと改造された2000GTがボンドカーとして使用されています。

アシェット TOYOTA 2000GT ダイキャストギミックモデル

アシェット トヨタ2000GT  パッケージ

アシェットではこの2000GTを1/8スケール、全長約52.2cmのモデルとして再現。ダイキャストボディは一体成型とし、カーモデルとしての剛性を確保します。その形状は実車を3Dスキャンすることで忠実に再現されています。また、ドアやボンネットなどの開閉といった大型モデル必須のギミックに加え、リトラクタブルヘッドライトの開閉や各部灯火類の点灯、実車から録音したエンジンやクラクションなどは、専用リモコンによってコントロール可能です。

アシェット トヨタ2000GT  特典

定期購読特典としてツールバッグや特製パーツボックス、オリジナルDVD、オリジナルスペックプレートなどがプレゼントされます。さらにプレミアム定期購読に申し込むことで、コントローラー付きのオリジナルディスプレイケースが入手できます。

古書店三月兎之杜では、各種パートワークものの買取をお待ちしております。未組立でも組立済・組立途中でも大歓迎です。また、全号揃いでなくとも途中まで、途中からでも構いません。まずはお気軽にご相談ください!

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投稿者:usagi

安田理深選集 トップ画像

仏教学者・安田理深(やすだりじん)の選集を揃いでお譲りいただきました、古書店三月兎之杜の買取をご利用いただきましてありがとうございます。

安田理深とは

安田理深は1900年(明治33年)兵庫県生まれ、本名は亀治。青年時代は東洋哲学やキリスト教を学びますが、金子大栄の著作『仏教概論』に強い感銘を受け仏教を学ぶべく24歳で大谷大学に入学します。30歳の時、大谷大学を追放された曽我量深、金子大栄を中心とした興法学園を発足させ園長となると共に、雑誌「興法」の編集発行人となります。35歳で学仏道場「相應学舎」を開き唯識論や親鸞思想の講義に携わります。43歳の時に東本願寺で得度し、以後浄土真宗大谷派の僧侶として「理深」を名乗ります。自身の偉大な仏教研究に加え、仏教を学ぶ場を生み出し守ってきた人物という印象があります。

1973年、隣家からのもらい火で彼の住居でもあった相應学舎が類焼し、数多くの蔵書を無くした時の
――「焼かれた」のでもない。「焼いた」のでもない。ただ「焼けた」と。
そうすると事実を事実のまま受けていけるのではないか。
自も他も損なわんで済む。こんなことを今度の火事で学びました――

という言葉がよく語られます。もちろん氏が研究してきた仏教における諦観などを踏まえての言葉ですが、それ以上に人が生きていく中でのもののとらえ方として、語り継がれています。

安田理深選集

安田理深選集 第一巻

理深は1944年から46年にかけて母校の大谷大学に奉職しますが、以降は無位無官を貫き、多数の著作を発表しつつ在野での後進の指導に注力します。1982年、心不全で死去。

今回お譲りいただきました選集は理深の死の翌年より発行されたもので、彼を師と仰ぎ理深についての著作もある本多弘之が編集責任として参加してまとめられたものです。本多はこの選集のために大谷大学教授の座を辞任しています。また、同時に相應学舎の継続にも尽力し、本多も出講を続けています。

選集は第一巻から第十五巻(十四巻と十五巻は上下編)、別巻一~四、補巻の全22冊の構成。「自証の論理」「唯識三十頌聴記」「十地経論初歓喜地聴記」「願生偈聴記総説分」「願生偈聴記解義分」「教行信証総序聴記」「教行信証教巻聴記」ほか、多くの著作を収録しています。

今世紀にはいって以降も増刷などされていますが、やはり全巻揃う機会はなかなかないものです。
古書店三月兎之杜では、各種仏教研究書・全集の買取をお待ちしております。買取価格3万円以上を目安とした高額買取などには出張買取も対応しております。まずはお気軽にご連絡ください。
詳しくは、古書店三月兎之杜の仏教書買取サイトをご覧ください。

投稿者:taguchi

週刊少年ジャンプ2003-2004 トップ画像

愛知県名古屋市のお客様より、2003年から2004年にかけての週刊少年ジャンプ37冊をお譲りいただきました。2003年から17冊、2004年から20冊となります。何作かの新連載開始号も含まれており、表紙や巻頭ページなどでカラー原稿を見ることができます。貴重なコレクションをありがとうございます。

お品物の状態・ご評価のポイント

・スレ、ヤケ、シミ、汚れ、折れ等があります。
・ページの詳細なチェックは行っておりません。書込みや落丁等がある可能性があります。

20年以上経過しておりますので、スレ、折れなどはどうしても発生します。極端な破損やキリヌキ、切り取りがなければ査定額が大幅に下がるようなことはありません。今回は表紙はもちろん背表紙の褪色も少なめです。本棚で保管していると、表紙はともかく背表紙が色褪せやすいんですよね。

2003年~2004年の週刊少年ジャンプ

2004年32号 テニスの王子様巻頭カラー

1995年に史上最高部数653万部を記録するも、娯楽の中心が若年層は次世代ゲーム機、高年齢層はPCによるインターネットにシフト。1997年には最多部数を少年マガジンに抜かれています。この時期の発行部数は300万部と、前世紀の半分以下となっていました。ただしこうした部数の苦戦はジャンプに限ったことではなく、他の少年週刊漫画誌、そして出版業界全体に広がっていたのですが。

一方でこの頃になるとインターネットでは掲示板文化が普及しており、『DEATH NOTE』などの話題作(半ば問題作ですが)で盛り上がるようになります。いわゆるネットミームもこの掲示板文化の産物でした。『テニスの王子様』は上の巻頭カラーは2004年32号。すでに連載5年を迎えていましたが、たまにあるインパクトあるコマがネットミームになりがちでしたね。

2003年~2004年の新連載

週刊少年ジャンプ2003年前半背表紙

2003年の本誌はちょっと苦戦の年といえるかもしれません。この年にスタートした新連載11作品のうち、1年以上継続したのは『武装錬金』のみでした。これは創刊以来初で、この後も2010年と2025年の全3回です。

ただしこの年の1月24日、2001年から7代目編集長だった高橋俊昌が急死。11号のみ先代の鳥嶋和彦が代行し、12号からは茨木政彦が引き継ぐなどの混乱があったことも考慮すべきかもしれません。

デスノート カラーページ

翌2004年は1号から『DEATH NOTE』がスタート。ピカレスク(犯罪者)ロマンともいえるその内容は一気に話題となります。2号からは『銀魂』、8号からは長期作のリブートですが『スティール・ボール・ラン』が始動。

家庭教師ヒットマン リボーン、新連載トビラ
ムヒョロジ 新連載トビラ

以後も『家庭教師ヒットマンREBORN!』『D.Gray-man』『ムヒョとロージーの魔法律相談事務所』など、長期かつ各種メディア化作品をスタートさせています。

新連載作品

漫画誌本誌の魅力はやはり単行本にはないカラーページです。表紙の描きおろしは単行本表紙に流用される場合もありますが、本誌連載時のカラーページはどうしても単行本では1色で掲載されがちです。正直カラーページの塗りをがんばるほど、単行本で白黒化されると汚れて見えるんですよね。

ワークワーク新連載表紙

人気作品の新連載掲載号などは、やはり表紙と巻頭カラーになることが多く、査定時の評価が高いです。短期に終わった作品も熱心なファンにとっては貴重なカラーページですので、作品・作家によっては評価が高くなることも。人気作・人気作家のカラーページは豪華判やムックなどに再録されますが、そうでない作品は本誌以外ではめったに再録されないんですよね。40号からスタートした『ワークワーク』は連載自体は2005年23号で終了していますが、新連載のトビラページは作者である藤崎竜のイラスト集に収録されました。ただしこれは運が良い例だと思います。

古書店三月兎之杜では、少年ジャンプの買取をお待ちしております。人気作品の新連載掲載号のほか、70年代から90年代のバックナンバーでまとめてお見積可能です。まずはお気軽にご連絡ください。

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投稿者:taguchi

アシェット『ランボルギーニ ミウラをつくる』トップ画像

アシェットが2021年から2023年にかけてリリースした分冊百科、『ランボルギーニ ミウラをつくる』をお譲りいただきました。本体は未組立。全100号+延長分10号のビルドアップタイプで、100号まで集めると1/8スケールのランボルギーニミウラが完成します。

アシェット『ランボルギーニ ミウラをつくる』公式サイトバナー
(※画像は公式サイトより)

ランボルギーニミウラとは

アシェット『ランボルギーニ ミウラをつくる』側面

1966年に発表されたランボルギーニのMRクーペです。当時前例のない4リッターV型12気筒エンジンを横置きに搭載するという構造で、開発は非常に難航。最初にジュネーブショーで展示された時はエンジンは未搭載という状態で、エンジンルームには多数の書類を詰めて、車高を沈めていました。

しかしその時点で多くのギャラリーを魅了した美麗な曲面のボディは、ベルトーネのマルチェロ・ガンディー二が担当。後にランチア・ストラトスやランボルギーニ・カウンタックを手掛けるデザイナーです。

アシェット『ランボルギーニ ミウラをつくる』ヘッドライト
アシェット『ランボルギーニ ミウラをつくる』サイドインテイク

使用時に前方に向かってポップアップするヘッドライトや、その周りを縁取る「まつ毛」のようなグリルが特徴。発表から40年が経った2006年には、デトロイト・オートショーで現代風にリファインされたコンセプトカーが展示されるなど、今なお根強い人気を維持しています。

アシェット『ランボルギーニ ミウラをつくる』

アシェット『ランボルギーニ ミウラをつくる』パネルオープン

アシェットではそのランボルギーニミウラを1/8スケールで再現。モデルアップされたP400Sは、初期型P400に続いて1968年12月に発表されたマイナーチェンジモデル。開発期間が短く色々未調整だったP400の各部を改良し、完成度を高めたモデルです。創業者のフィルッチオ・ランボルギーニも非常にこのバージョンを気に入っており、当初は「S」を付けずに「P400」として販売しています。ちなみに1971年には、高性能化された「P400SV」もリリースされています。

アシェットのミウラは全長55cm、ボディとシャシーは金属製。ドアや各部の開閉、灯火類の発光やイグニッションスタート、加速時のエンジン音などのギミックが盛り込まれています。このへんはアシェットの1/8スケールカーモデルではおなじみですね。

アシェット『ランボルギーニ ミウラをつくる』パーツ1
アシェット『ランボルギーニ ミウラをつくる』パーツと冊子

購読者特典としてキーリングや特製ノート、特製スポーツサックや1/24ミニカーなどが提供されます。また、プレミアム定期購読特典として日本製の高品質ディスプレイケースがプレゼントされました。

アシェット『ランボルギーニ ミウラをつくる』特典キーリング
アシェット『ランボルギーニ ミウラをつくる』特典1/24ミウラ

また、本シリーズはその人気に応えて10号分の延長があり、本体用カバーやスポットライト、1/64と1/43ミニカーほか、周辺アイテムが付属しました。今回はケースを含む購読者特典やバインダー、延長分の101~110号もあわせてお譲りいただいております。

アシェット『ランボルギーニ ミウラをつくる』特典ケース
アシェット『ランボルギーニ ミウラをつくる』延長号

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買取価格3万円以上を目安とさせていただき、ご自宅までうかがう出張買取も対応しております。まずはお気軽にご連絡ください。

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週刊少年ジャンプ 2000年1号 トップ画像

石川県のお客様より、週刊少年ジャンプ2000年1号をお譲りいただきました。『ジョジョの奇妙な冒険』第6部にあたる『ストーンオーシャン』第一話掲載号です。本エピソードより副題が付けられるようになり、単行本のカウントもリセット。ストーリー内容的にも第1部からの世界の集大成となった作品です。『ジョジョ』ファンにとっての貴重な一冊をありがとうございます。

お品物の状態・ご評価のポイント

■経年なりのスレ、ヤケ、シミ、汚れ等があります。
■裏表紙にシワがります。
■落丁はありません。

週刊少年ジャンプ 2000年1号 カド

コンディションは四半世紀以上前のものですのでスレやヤケなどがございます。背表紙と裏表紙の境界付近の折れは、タイト目の本棚に押し込む時に付きがちですよね。こういう折れが出ないように本棚には余裕を持たせたいのですが、びっしり詰められている方が気持ちが良いので悩みどころです。

『ジョジョの奇妙な冒険』とは

『ジョジョの奇妙な冒険』は、週刊少年ジャンプ1987年1・2合併号からスタートした、ホラー要素を含むアクション漫画です。第一部の19世紀イギリスから物語は始まり、ジョースター家の血に連なる者とDIOおよび石仮面が絡んだ因縁の戦いが世代を貫いて描かれます。

第一部から第五部まで連続して掲載されていましたが、1999年17号の第5部完結の後、今回の第6部まで半年以上の充電期間が設けられています。そうして再開した第6部には『ストーンオーシャン』の副題が設けられ、第1部から第5部にも遡って新たに副題が設定されました。現在の刊行物で使用される「ファントム・ブラッド」「戦闘潮流」などは、この時に設定されたものです。

「ストーンオーシャン」

週刊少年ジャンプ 2000年1号 ストーンオーシャン トビラ

先述のタイトルやコミックスのリフォーマット、シリーズ初の女性主人公など、革新的な展開でスタートしたのが「ストーンオーシャン」です。

連載は2003年19号まで続き、(詳しくはネタバレになりますが)ラストで大きな物語の転換を迎えます。最初に読んだ時は文字通り置き去りにされた気持ちでしたね。ただ、物語自体にも若干行き詰まり感があったのも事実で、本当に「ストーンオーシャン」のラストによって『ジョジョ』は無限の可能性を得た感があります。

次作「スティール・ボール・ラン」の2年目からは掲載誌も「ウルトラジャンプ」へと移籍。2026年現在も第9部「The JOJOLands」が連載中です。厳密には同一作品ではなく掲載誌も変わっているので純粋な比較はできませんが、『こち亀』が終了した現在、週刊少年ジャンプ発祥の作品としては最長の連載作品です。

2000年1号掲載作品

週刊少年ジャンプ 2000年1号 ワンピース

同号では『ONE PIECE』は連載3年目に突入。本号発売の2か月前となる1999年10月にテレビアニメがスタートしており、トビラページでも強調されていますね。フジテレビの水曜19時は、1981年放送開始の『Dr.スランプ アラレちゃん』以来ジャンプ作品が放送され続けた伝統の枠でした。

週刊少年ジャンプ 2000年1号 目次

アニメといえば、目次を見ると連載終了22年後にアニメ化された『ライジングインパクト』を含め、17作品中14作がアニメもしくはドラマ化されています。メディア化率が高ければ正義というわけではありませんが、やはり雑誌の勢いを示していると考えます。

古書店三月兎之杜では、少年ジャンプの買取をお待ちしております。人気作品の新連載掲載号のほか、70年代から90年代のバックナンバーでまとめてお見積可能です。まずはお気軽にご連絡ください。

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デアゴスティーニ 週刊 Honda NSX-R トップ画像
(※画像は公式サイトより)

現在弊店で買取中のデアゴスティーニ『週刊 Honda NSX-R』をご紹介します。2023年11月より創刊され2026年3月3日に全110号で完結しました。毎号付属するパーツを集めるビルドタイプで、全号集めると1/8スケール全長約55.4cm、ギミック満載のNSX-Rが完成します。

『NSX(初代)』について

1990年、衝撃的なデビューを果たしたホンダによる国産スーパーカー『NSX(初代)』。

市販量産車では世界初となるオールアルミ・モノコックボディを採用。レーシングカーを思わせるミッドシップレイアウトなど、従来の国産車とは全く異なるコンセプトでした。

デアゴスティーニ 週刊 Honda NSX-R タイプRマーク

1992年、発売から2年を経たNSXは「タイプR」を追加します。

エンジン内部など各部を調整、一部素材変更による低重心化、サスペンションもサーキット向けのセッティングとした一方で、遮音材や快適装備は削減。徹底して走りにこだわりながらも、トータルで120kgもの軽量化を実現します。

NSX-R以降、ホンダ車における「タイプR」は、レースベースとなるポテンシャルを持ったグレードとして定着していきました。

デアゴスティーニ 週刊 Honda NSX-R 側面

デアゴスティーニでは、この『NSX-R』ことタイプRを分冊百科化。

ボディやボンネットなど各部の可動はもちろん、付属リモコンによってリトラクタブルライトの展開や発光、各種灯火類の発光、エンジン音が再現されます。

デアゴスティーニ 週刊 Honda NSX-R エンジンルーム
デアゴスティーニ 週刊 Honda NSX-R フロントトランク
デアゴスティーニ 週刊 Honda NSX-R サイドシルガード

マガジンは当時の開発担当者などへのインタビューを収録し、シャシー、エンジン、デザインなどの開発過程を紹介。

そのほか国内外のレースでの戦歴やNSXにまつわる各種エピソードを紹介しています。

エピソードの中にはNSXから始まった「タイプR」の系譜の記事も。現代の「タイプR」乗りには見逃せないかもしれませんね。

デアゴスティーニ 週刊 Honda NSX-R 冊子

古書店三月兎之杜では『週刊 Honda NSX-R』の買取をお待ちしております。全巻揃いでなくとも欠号ありでも大歓迎です。

実はこうした分冊百科は中盤以降は公式サイトのバックナンバーが充実しており、書店で見かける序盤の号の方が後からだと手に入りにくくなるんです。

もちろんNSX-R以外のデアゴスティーニ分冊百科も買取をしております!まずはお手元の号数を確認して、お気軽にご連絡ください。

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投稿者:taguchi

車雑誌トップ画像

1980年代から90年代半ばにかけての車雑誌をお譲りいただきました。ありがとうございます。この時期、いわゆるバブル前夜、バブル期、そしてバブル崩壊後もしばらく車業界はバブルの残滓を引きずっていたこともあり、自動車業界、とりわけスポーツカーにとって一番(そして最後の)幸せな時代だったのではないでしょうか。

OPTION (オプション)

OPTION 増刊号表紙

本誌は1981年創刊。現在も刊行されている長寿誌です。今回お譲りいただいた2冊は1987年5月と11月に発行された「峠スペシャル」「峠スペシャル2」。ご存知ドリキン土屋圭市氏(後述)。
スポーツカーを駆る若者たちが腕試しの場として「峠を攻める」ようになり、有名な峠道では走行タイムなどを競う「走り屋」が登場。80年代には一種の公道を使ったショー的なものとなり、コーナーなどに「ギャラリー」も詰めかけるようになりました。この時期、バイパスや高速道路、トンネルなどの完成で、幹線道路としての役目を終えた峠道が増えていったのも理由の一つだと思われます。碓氷峠とか赤城山とか、いわゆる「頭文字D」の世界です。

OPTION 増刊号1目次
OPTION 増刊号2目次

この時期の『OPTION』本誌は、ご存知、稲田大二郎氏のもと、最高速度・最高出力重視のチューンナップ、特化した内容でした。忘れてはいけない、ゼロヨンもありましたね。そのため「峠スペシャル」は臨時増刊という形で発行されたものと思われます。5月増刊号のメイン車両がFRのAE86ですが、実はまさにこの年の5月にレビン/トレノはFFのAE92へと代替わりしています。そこで11月増刊号のメインはAE92となっているのも時代とフットワークの軽さを感じますね。もっともAE86が未だに愛され、GR86に繋がっているのは、皆様ご存知の通りです。

土屋圭市

土屋佳市 レーシングヒストリー表紙

さらにこの「峠スペシャル」シリーズ2ではレーシングドライバー・土屋圭市を丸ごとフィーチャー。今なお「ドリキン(ドリフトキング)」として名高い方ですね。

彼自身も峠の走り屋出身ですが、その走行中の事故から走りのルールの必要性を痛感しモータースポーツの世界へ。1977年の富士フレッシュマンレースでレースデビューし、1984年の富士フレッシュマンレースではAE86で開幕6連勝を達成しその名をとどろかせます。グループAでは、タイサン32GT-Rを駆り、最後は憧れの師匠”高橋国光氏”とチームメイトでもありました。レースでもドリフト走行を多用する「魅せる」走りで人気でした。

レーサーとなるために上京した間もない頃は「OPTION」編集部で寝泊まりしていた時期もあったとのことで、その縁などもありこうした誌面への協力も厚く行っていたようです。ビデオ『ザ・峠』発禁と稲田大二郎氏の関係など話題も多くありますね。

CARBOY(カーボーイ)

CARBOY 1984.年12月号表紙
CARBOY 1986年3月号表紙

自ら車の修理や改造を手掛けるユーザー向けの雑誌として1980年に創刊。エンジンパワーの計測などによりチューニングの数値化を熱心に手掛けていました。今回お譲りいただきました1985年12月号、86年3月号、89年7月号、94年3月号、いずれもドリフト記事や峠の主流マシン、峠向けのセッティングなどが収録されています。

CARBOY 1989年7月号表紙
CARBOY 1994年3月号表紙

80年代までは表紙の女性は、この時代の雑誌あるあるという感じですね(笑)。
たしかに80年代は色々な雑誌がとりあえず女の子のモデルさんが表紙だったなあと思いだして懐かしがりつつも、本の厚みじたいはちゃんと94年3月号のほうが増えているので、読者もガチ路線をこそ求めていたということでしょう。

古書店三月兎之杜では、昔のチューニングカー雑誌を買取しております。『OPTION』『CARBOY』『ドリフト天国』などなど、走り屋、峠、最高速、首都高、湾岸、ゼロヨン・・・などの当時の”熱い”時代の言葉にピンときましたら、ぜひ弊店にお譲りください。
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投稿者:taguchi