北海道ミステリークロスマッチ試験的対面会合/第7回 大森葉音 エッセイ

 去る(2022年の)5月某日。札幌某所で北海道ミステリークロスマッチ会員有志による、試験的対面会合が開催された。

 昨シーズン、札幌の冬は大雪だった。近年まれな、災害級の、数十年にいちどの豪雪である。行政の除雪・排雪は遅れ、四車線の道路は二車線に、二車線の道路は一車線になった。道路脇に積まれた雪は長い壁となり、市内は雪と氷の迷宮(ラビリンス)と化す。見通しが利かないので、車はスピードを落としてノロノロ運転。横断する歩行者も雪の壁のすきまから、おそるおそる顔を出し、接近する車が来ていないか確認した。

 市内の雪堆積場(雪捨て場)はどこも満杯。もはや捨て場所がない。街区の中通りは、でこぼこにえぐれた雪道となり、タイヤがスタックする車両が続発。「せめて住居の周辺だけでも」と雪かきをする市民は汗まみれになり、腰をいため、疲弊した。朝早く、玄関前の雪をかいても、2時間後にはドアが開かないほど積もっているのだ。そのため、1日に何度も雪かきをするはめに。雪を見るのはうんざり。白いものなら、餅も豆腐もチーズも、もう見たくないのである。

道路標識の埋まっている雪壁
(道路標識の埋まっている雪壁)
雪のつもった道
(雪のつもった道)

(この雪の壁は5月になっても溶けないのではないか……)
 と、札幌市民は誰もがあんたんたる疑惑をいだいた。

 ところが、である。4月中にはおおむね溶けてしまったのだ。拍子抜けするほど、あっけなかった。もちろん、雪山となった堆積場から「冬の名残り」が完全消滅するのには、時間がかかった。寒い日もあったが、例年にくらべ、気温が高かったおかげである。市民は部屋の窓を開け、久しぶりの太陽光線や春の空気を満喫した。花粉アレルギーのわたしは、窓を開けるまでなかなか、ふんぎりがつかなかったが……。

 待ちに待った春。
 北国の住民は春の訪れを、首長竜と化して待つ。
 ジャック・フィニイはかつて『ゲイルズバーグの春を愛す』(1962)という本を書いたが、そのひそみにならうなら、「札幌大通りの春を愛す」である。大通り公園は街の中心地にある、市民の憩いの広場だ。夏にはビアガーデン、冬には「札幌雪まつり」の会場になる。
 短編集『ゲイルズバーグの……』は、失われていく古い街やひと、時代への哀惜や郷愁に満ちている。函館や小樽は古い街並みを上手に残し、観光に利用している印象だ。しかし、札幌はそういう機微に無頓着である。市も道も2030年の冬季五輪パラリンピックの誘致、北海道新幹線の札幌延伸のための再開発に邁進(まいしん)している。個人的にも思い出のある「あの建物」「この建物」は取り壊しが決定していたり、すでに取り壊されたり。建物が老朽化している、という理由もあるらしい。しかし、表題作「ゲイルズバーグの……」と同じような怪現象がいっそ起こらぬものか――とも思う……(怪現象の詳細については直接、「ゲイルズバーグの……」をお読みください)。ともあれ、「札幌大通りの春を愛す。そして焼けつく夏の日々を、また秋を……」

ゲイルズバーグの春を愛す
(ジャック・フィニイ『ゲイルズバーグの春を愛す』ハヤカワ文庫)
札幌大通り公園の花壇
(大通り公園の花壇)
テレビ塔
テレビ塔)
樹木
(大通り公園の木々)

 窓を開けて室内の空気を入れ替えているせいか、コロナ第5波もようやく落ち着いてきた印象だ。ピークをすぎた後、札幌は新規感染者500人~2000人の増減を繰り返し、少しずつ減ってきている(5月の段階)。この文章を書いている現段階では100人台である。
 オミクロン株以降、新変異株も登場しておらず(わたしが知らないだけか?)、ワクチンも3回目の接種がひろまり、4回目の掛け声も聞こえている。このままおとなしく収束・終息を願う気持ちも個人的に高まり(油断していませんが)、休眠していた北海道ミステリークロスマッチの会合に向け、具体的な行動を取ることにした。

 きっかけは、探偵小説研究会札幌メンバーの今年の、第7回文学フリマ札幌への参加可否の話し合いだった。探偵小説研究会とは、前世紀末にミステリ作家、評論家によって結成された主に本格謎解きミステリについて多面的な研究を行っている集団である。『本格ミステリ・ベスト10』というランキングのムック(原書房から刊行)や機関誌「CRITICA」(クリティカ)を年1回刊行し、各メンバーが各誌紙書評や評論活動を行っている。「三月兎之杜」にエッセイをやはり掲載している千澤のり子もメンバーだ。

 メンバーはほとんど東京在住だが、浅木原忍、諸岡卓真、松本寛大、そしてわたしの4名は札幌在住。一昨年はコロナで文フリ自体が中止、昨年は第5波が収束しつつあるタイミングだったが参加を断念した。今年はどうするか、申込み締め切りの7月3日までに決める必要があったのだ。

 この4名はそのまま、北海道クロスマッチのメンバーでもある。話し合いをするのなら、いっそクロスマッチの試験的な仮会合を実行したらどうか、ということになった。
 そこで、5~6人の少人数での直接対面会合(飲食付き)を企画したのである。
 とはいえ、今や会員は東京、台湾など各地に散らばっている。コロナ禍で一般的になったZOOMでのやり取りを配合し、「オンライン・オフライン」のハイブリッド会合にするのが現実的だった。また、そういう方法が可能なのか、問題や支障がないのか、実験的に確認するために、まず少人数でゲリラ的に(?)実施してみるのが得策と判断した。

 こちらの呼びかけに応じたのは以下のクロスマッチメンバーである。

 既晴(きせい)【新竹/台湾】
 千澤(ちざわ)のり子【東京】
 和久井清水(わくい・きよみ)【札幌】
 浅木原忍(あさぎはら・しのぶ)【札幌】
 諸岡卓真(もろおか・たくま)【札幌】
 柄刀一(つかとう・はじめ)【札幌】

 これにわたくし、大森葉音が加わる。札幌で5人が直接対面、新竹・東京の2人がオンライン対面。途中、松本寛大(まつもと・かんだい)が差し入れを手に会場にちらりと顔を出した。しかし、お忙しいようで10分ほどで立ち去った(サラダとデザート、おいしくいただきました)。

 札幌駅近くのレンタルスペースが会場だった。申し込みや交渉、食事(ケータリング)はわたしが手配し、オンラインのセッティングなどは諸岡が担当した。
 当日、わたしは会場周辺で偶然、和久井と遭遇。

和久井清水さん「水際のメメント」
(和久井清水『水際のメメント きたまち建築事務所のリフォームカルテ』 講談社文庫)

「場所、すぐわかりましたか?」
「はい。かんたんです」
 と社交の挨拶をかわしつつ、会場入りすると、すでに諸岡がIT機器にコードを接続し、なにやら複雑な作業を実行中だった。どう見ても、大きめの黒い水筒にしか見えない物体を長机の上にセットしている。あるいは、黒い砲弾だろうか……。
 「大森さん、それはカメラです」
 「え。カメラ?」
 「周囲の風景を360度、撮影します」
 ぐえ。まったくカメラらしくない。レンズはいったいどこに……?
 などと激しく動揺しているわたしをよそに、ミッションの参加者がぞくぞくと集合してくる。浅木原、柄刀と直接対面メンバーがそろったところで、ケータリングの料理が届いた。パーティ用のオードブル、焼きそば、鶏の唐揚げである。飲み物は各自、好みのものを用意してもらった。
 定刻になると、オンラインに台湾の既晴が参加。プロジェクターからホワイトボードに投影された映像で、お元気なようすを確認する。少し遅れて、東京の千澤のり子が参加した。

 わたし「既晴さん。今はどちらですか? 台北でしょうか?」
 既晴「いえ。新竹市です。桃園国際空港の近くです」
 あたし「たしか……高速鉄道の駅がある市ですね」

 あとで確認すると、IT企業が集中しており、「台湾のシリコンバレー」と呼ばれているらしい。それと、これは言っていいのかどうかわからないが……埴谷雄高(はにやゆたか)の出身地である。

 わたし「台湾のコロナの状況は、現在、どうですか?」
 既晴「ひどくなっています。4月から急増し、5月5日に、1日の感染者がはじめて3万人をこえました」

 これもあとで調べると、その後5月19日には7万人をこえたとか。ただし当局の発表によると、感染者の99%が無症状、軽症とのこと。学校、企業、個人は感染対策・予防をしつつ、社会生活を継続中。オードリー・タンの活躍などで「台湾はコロナ対策の優等生」という印象をもっていたので、このとき、わたしは結構びっくりした。

 諸岡「日本の本格ミステリの翻訳では、今は何が読まれていますか? それとも、日本の作品はもう読まれていませんか?」
 既晴「えー、日常の謎が人気です」

 え?

諸岡「日常の謎? 誰の作品でしょう」
既晴「米澤穂信の小市民シリーズとか」

 えええ!?

米澤穂信「夏季限定トロピカルパフェ事件」
(米澤穂信『夏季限定トロピカルパフェ事件』創元推理文庫)

 わたし「日本ではファンタジーやSF的世界で本格謎解きを行う『特殊設定ミステリ』が流行しています。台湾で『特殊設定』に当たる作品は書かれていますか?」
 既晴「SFジャンルのミステリはあるものの、本格謎解きではありません。サスペンスが主体です。
 コロナのせいで、自宅でネットフリックスなどを視聴するひとが増えました。ミステリは鑑賞されていますが、本格謎解きではなく、サスペンスが人気です。韓国の『イカゲーム』とか。ともかく、複雑なトリックを用いた本格謎解きは読まれないし書かれない」

 柄刀「日本のミステリドラマでは、何が見られていますか?」
 既晴「最近では――これは謎解きものですが――『ミステリと言う勿(なか)れ』が面白がられています」

 日常の謎? 小市民シリーズ? んんんんん?

 これもまた、度肝を抜かれた。コロナ感染状況という非日常と「特殊設定ミステリ」の流行を関連させて、わたしは考えていたからだ。ただ思い返してみると、台湾は「コロナ対策の優等生」だったのである。つまり、「日常生活」が継続していたのではないか。そう考えると、「日常の謎」が人気なのは腑に落ちる。しかし4月・5月で新規感染者が急増しているというから、今後、読書傾向に変化が現れるかもしれない(当局によると、「社会生活は継続中」であるが)。日本の「特殊設定ミステリ」がそもそも翻訳出版されているのかどうか、は質問し忘れた(大バカ)。

 柄刀「既晴さんは台湾犯罪作家聯會(Crime Writers of Taiwan, CWT)の執行主席――中心人物です。この組織は年1回、『CRIMYSTERY』(クライミステリ)というムックを刊行する予定で、第1号が昨年、出ています。このムックについてお話ください」

 既晴「評論や研究がメインで、小説はありません。作家同士の座談会もあります。台湾ミステリ、犯罪小説の歴史について論じたり、話し合ったり、紹介したりしています」

(柄刀 一『或るギリシア棺の謎』光文社)
既晴さん「CRIMYSTERY

(既晴「CRIMYSTERY」)

 このムック、実物を柄刀が会合に持参していた。目次を拝見すると2000年以降の台湾映画や映像作品の紹介やカナダをはじめ、英語圏のミステリ作家の寄稿などもある。

 稲村文吾氏のnoteの記事でも紹介されている。

 台湾/香港ミステリの一年・2021|稲村文吾|note

 わたし「既晴さん、日本のミステリファンにメッセージをお願いします」 
 既晴「はい。
 わたしが日本語を勉強したのは、日本の本格ミステリを読みたかったからです。日本語が読めるようになって、日本語に訳されたイギリス、アメリカ、フランスなどのミステリを読めるようになりました。『CRIMYSTERY』(クライミステリ)では、各国のミステリ・犯罪小説作家とのつながりを大切にして参ります。台湾から世界にむけて、ミステリの輪を広げていくつもりです。日本のミステリファンのみなさんも、その輪にぜひ参加してください。日本のミステリは、わたしにとって世界の窓だったのですから」

 途中、通信環境の問題でところどころ、聞き取りづらかったり音声が途切れたりした。オンライン会合の宿命なのか、よりスムースなやり取りが可能なのか、今後の課題である。また、この手の会合でありがちだが、発言がかち合ったり間の取り方が分からなかったり。どうしてもギクシャクしたかんじ。
 『サンダーバード』(1965)の昔から、テレビ画面ごしのオンライン通話はサブカルでおなじみだ。だが、発言がかぶさるなどのコミュニケーション不調は見たことない。『サンダーバード』は西暦2065年が舞台らしい。いったいどんな、高度な技術革命が……。
 
 さて、既晴へのインタビューが終わり、目を宴席に戻すと、料理がまったく減っておらず、驚愕した。
 わたし「浅木原さん、食べてくださいよ」
 浅木原「いやいや、大森さん。いちばんの若手はたしかにわたしですが、もう30代後半ですよ」
 わたし「もう。まだ30代じゃないですか(わたしはアラカン)」

浅木原忍さん、「秘封倶楽部の…
裏表紙
(浅木原忍『【秘封倶楽部のゆっくりミステリ語り【2021年版】)
「贋作 全て妖怪の仕業なのか」
(浅木原忍『贋作 全て妖怪の仕業なのか』

 ということで、その後は料理に専念。せっかくの会合なのに、ひととあまりしゃべらず、ともかくお腹につめこむのである。浅木原、わたし、柄刀が健啖ぶりを発揮した。

 しかしまあ、なんでみなさん、食が進まないのか、しだいに判明してくる。感染対策のために、わたしたちはマスクをしていた。この、マスクをはずしたり装着したりがめんどうくさい。もぐもぐ口を動かしながらマスクごしにしゃべるのは、ほぼ不可能。会話を優先させると食べられないのだ。また、マスクをしながら咀嚼するのも、なかなか面倒である。
 クロスマッチでは今後、料理、酒など提供の宴席の復活も視野に入れている。コンテスト優勝作品の授賞式をそろそろ復活させたいのである。しかし、こうなってくると「マスク不要の世界」を待った方がよいのか……と考えさせられた。

 数日前、札幌駅東の無料PCR検査場に行ってきた。5月頭から稼働しているという。被験者はわたしひとりのみで、がらがら。「陛下、どうぞこちらへ」という王様対応をスタッフがしてくれた。今日、検査結果がメールで送られ、「陰性」を確認できた。クロスマッチ会員も参加者は会合直前にこの検査を義務づけ、「陰性」を証明されたひとはマスクなしで飲食、会話してもらおうかな……(リスキーですね)。また、この検査場は6月いっぱいで終了の予定らしい。

 さて、話を会合当日に戻すと、和久井は新作を準備中ということで、その件で柄刀と話し合っていた(どこまで書いていいのやら)。メンバーの私生活、個人情報にまつわる話題も出ておりまして……(汗)。
 そうそう。千澤が北海道渡航を計画中らしい。これはご本人もSNSで発言しているので、ここに書いてもよさそうである。

千澤のり子さん、「暗黒10カラット」
(千澤のり子『暗黒10カラット』行舟文化)

 千澤「7月の訪問を予定しています」
 柄刀「千澤さん、九州にも行ってますよね」
 千澤「はい。竹本健治さんのところに遊びに行っているのですよ」
 柄刀「囲碁の先生でもありますよね。『暗黒10カラット』に収録されている囲碁が出てくる話、すごく面白かったですよ。最近も、打っているのですか」
 千澤「いえ(涙)。年末刊行予定の共著に手一杯なんです」

 カメラの前に猫が乱入してきた。3匹いる猫の1匹、「ななこ」というらしい。これには諸岡が反応し、「もふりたい。もふりたい」とさかんに言わしめた。わたしは、かわいいものを目にすると無意識に警戒心が湧く人間である。疑わしげに猫を見ていた。「なにそんなに見てんだよ? やんのか、おら」というかんじで、猫ににらみ返される。
 レンタルスペースの契約時間は2時間。これは、あっという間に消尽された。気づいたら時間なのである。既晴、千澤に閉会とお別れの挨拶をし、回線を遮断した。

 柄刀「みなさん、片づけましょう」

 わたしたちはアリバイトリックに関する本をさんざん読んでいる。この時、誰も犯罪に関与はしていないのだが、取り片付けの速いこと速いこと。残った料理はあっという間にプラスチック容器に分散収納され、ゴミはまとめられ、IT機器は撤収され、会議用長机はもとの状態に復元整理された。アリバイトリックは犯人視点から描くと、タイムリミットサスペンスである。

 なお、探偵小説研究会札幌メンバーは第7回文学フリマ札幌に参加することになった。10月2日日曜、12時から16時。場所は札幌コンベンションセンターである。探偵小説研究会の機関紙「CRITICA」などを販売する予定(新刊や在庫のある既刊)なので、近在の方で興味のおありの方はぜひ、おこしください。

 かくして、クロスマッチの試験会合は終了。一部メンバーは久しぶりに顔を直接、合わせた高揚感を胸に解散した。はやく以前の日常が回復し、ふつうに飲食しながら、おしゃべりできますように。いつの日か、いつの日か。

  • 文中、地の文では敬称を略しました。

(了)

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