『神保町で遊んだ話』|第51回 千澤のり子 エッセイ

 年のはじめ、ミステリ関連のかなり年下の友達が上京しました。コロナ禍に入ってから、ネットを通じて親しくなった方です。どこの誰とも分からない方と趣味の話だけで仲良くなれるのがネットの利点で、普段顔を合わせることがなくても、とても身近な方のように感じられます。
 何をしよう、どのあたりの人まで声をかけよう、行きたいところはあるのだろうか。
 観光をしなくても良いとのことだったので、初日は神保町で遊ぶことにしました。
私にとって神保町は慣れ親しんだ場所で、月に一度は訪れています。
初めて訪れたのは中学生の頃でした。大きい書店があり、楽器屋さんで楽譜を眺めることができ、雑貨や文具が充実していて、まったく飽きません。ただ、当時の私が訪れていたのは御茶ノ水と小川町エリアがメインで、自分の知っている場所しか散策をしていませんでした。
行動範囲が広がったのは、ミステリ関連のオフ会に行ってからです。そんなに時間が経っていないように感じますが、今から20年以上前の出来事になります。
集まったメンバーは、たしか4人か5人でした。三省堂本店のミステリコーナー前で待ち合わせて、ミステリ本がたくさん置いてある古本屋さんをいくつかまわり、さぼうるでお茶したことは覚えています。
靖国通り沿いしか歩いていなかった私には、すずらん通り商店街は新鮮で、年長の方々がミステリについて何でも知っていらっしゃることにいたく感動しました。私が中町信に興味があることを承知されていて、当時でも珍しかった『殺された女』と『殺戮の証明』をいただいた記憶があります。
殺戮の証明ほか
今回はがっつり案内としてJR御茶ノ水駅で待ち合わせ、明大前の坂を下り、欧風カレーの有名店ボンディ小川町店からスタート。本店にはよく行きますが、こちらの店舗は初めてです。
私の好きなメニューは、ポークカレーのライス少なめ、ルー大盛り。最初に出される別茹でのじゃがいもは皮をむいてバターを全部混ぜ、ライスの隣に置きます。その上からカレーをかけるという食べ方をしています。お行儀は悪いですが、ご飯が少なくても物足りなくならず、ルーもたくさん食べられるのでおすすめです。
 三省堂神保町本店に移動して、大学生の方と合流し、羊頭書房へ。ミステリやSF好きの方なら一度は訪れたことのある古本屋さんです。私の好きな系統の児童文学も扱っています。小学校5年生の読書感想文で書いた安房直子『ハンカチの上の花畑』を再購入しました。
ハンカチの上の花畑
 次はだいたいシナリオや古い少女漫画、ホラー漫画を扱っている書店をまわりますが、若者には珍しいミステリがたまに入っていて、しかも安価であるお店を選びました。15年くらい前は新刊で購入できた本が、現在は入手困難になっているということも珍しくありません。
 自分にとってはリアルタイムで読んでいた本も、若い方々には読みたくても読めない本であったり、復刊を喜ぶ本であったりします。改めて情報を知って、とても新鮮に感じ、驚きました。
 最終目的地は@ワンダーです。定番中の定番の古本屋さんです。自分の知識をひけらかしたくないため、普段は本をお勧めしません。けれど、是が非でも読んでもらいたいと、大学生さんに服部まゆみ『罪深き緑の夏』を激賞しました。
 そのときに、ふと、思い出したことがありました。私はネットで出会った年上の方々が思い出話をしてくれることが楽しくて、話題に出た本を読んだ経験がたくさんあります。
(ならば、年長者になった私も、自分の好きな本を好きなように語ってみようかな)
 みんなで同じ本について語るほうが好きですが、熱く語ってもいい年齢になったのかもしれないと、時の流れをしみじみ感じました。
 「二人とも、なんでこんなに古書店に詳しいの?」
 「SNSで聞けば、自然に教えてもらえますから」
 インターネットの利便性は発展していくものなのですね。
 気づいたら両手にたくさんのビニール袋を下げていて、いつの時代もオフ会だと大量に本を購入するなあと思った一日でした。

 その上京してきた友達に勧められて買った本です(『ほとんど記憶のない女』白水社)
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<編集者注>
(参考)
記憶の中の作家・中町信|第8回 千澤のり子 エッセイ
心もお腹も満たされるワンダーランド~神田古書店街・@ワンダー~|第6回 黒田研二 エッセイ
こちらも是非併せてお読みください。

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