装画と解説(画家・佐久間真人さんとの縁)|第17回 千澤のり子 エッセイ

 先日、画家の佐久間真人さんの個展に行ってきました。場所はギャラリー銀座で、個展は毎年開催されています(今年は2月11日から17日まででした)。

 佐久間さんと初めてお会いしたのは、何年か前のパーティー会場で、共通の友人作家から紹介されました。「猫の絵を描かれる方」とお名前も承知していたので、名刺を見てしばらく固まってから、キャーキャー騒いだ記憶があります。
 その後、幾度かパーティーでお目にかかるようになり、仲間内の二次会でもご一緒するようになりました。友達の友達はみんな友達といった気軽な雑談ばかりしている場ですが、たまたま佐久間さんと仕事の話になったことがありました。
「論創海外ミステリの装幀を101巻から担当していて……」
「えっ、その叢書の101巻、私が解説書かせていただいています」
「えっ」
「まさか、同じ本に携わっていたとは!」
 その本とは、P・Aテイラー/清水裕子訳『ケープコッドの悲劇』(論創社)です。
 
リゾート地・ケープコッドで起きた殺人事件を、地元でなんでも屋をしている元航海士が解き明かすという作品でした。唯一の手がかりが、現場に落ちていたイワシの缶詰。装画は、開けた缶詰の向こうに現地の風景と探偵役が描かれ、缶からは血がしたたり落ちているだまし絵です。現地で暮らす人々の生活を殺人事件に重ねてユーモラスに描き、現代のミステリ作品では考えられない、変わった凶器が印象に残っています。この時代ならではの「情報漏えい」も、逆に新鮮に感じました。
 節目作品ということで、本書は『本格ミステリ・ベスト10』(原書房)の装幀座談会でも取り上げられました。絵ははっきり覚えていて、その記事をまとめたからお名前も自分が調べて書いているというのに、すっかり忘れていたなんて失礼にも程があります。
 さて、個展では、佐久間さんが手がけた論争海外ミステリの装画もすべて展示されていました。見応えがありましたし、画風の幅の広さにも、とても感銘しました。
 特に工夫された作品を紹介していただきました。144巻のティモシー・フラー/清水裕子訳『ハーバード同窓会殺人事件』(論創社)です。

「色の数も決まっていたのですよ」
 女性の足の陰影や、背景の何色とも言い難い色使いが素敵です。ハイヒールの裏の漆黒が際立ちます。このハイヒールと足跡が、重要な手がかりとなっています。
 タイトルどおり、本書はハーバード大学の同窓会で起きた殺人事件の謎解きがメインになっています。同窓会といっても一夜限りではなく、リゾートホテルを貸し切り、数日間にわたって開催されます。その二日目の朝、ホテルのゴルフ場で射殺死体が見つかり、被害者と同室だった同窓生に容疑がかけられます。探偵役は、容疑者の後輩。真実を明かしてほしいと泣きつかれ、翌日が自身の結婚式なのに現地にやってきます。そこで新たに発砲事件が起きて――という内容です。複雑な人間関係をコミカルに描き、部外者である主人公の観察力が際立った作品です。
「実は、この作品、私が解説書かせていただいています」
 佐久間さんはとても驚かれていました。
 なんというヒット率でしょう。佐久間さんが手がけた装画は100冊、私が解説を書いた作品は3冊です(もう1冊は、170番のエリザベス・フェラーズ/清水裕子訳『灯火が消える前に』です。清水裕子さんもお会いしたい方であります)。
 1冊の本について、絵を描く人がいれば、解説を書く人もいます。同じゲラ(試し刷り原稿)を読んで仕事をした者同士が、偶然出会って、たまたまその本について語り合えるなんて、本が取り持つ縁の深さを感じました。まだ世に出る前の作品は、ごく数人しか内容を知りません。ほんのわずかな期間、秘密を共有していたというシンパシーも感じています。
 会場ではグッズも販売していました。迷った末、ハードカバーサイズのブックカバーを購入しました。古くなった本のカバーを守るために使用する予定です。

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