乾くるみ『リピート』|第15回 千澤のり子 エッセイ

『本格ミステリ・ベスト10』の編纂などをしている探偵小説研究会に入会したのは、2005年1月でした。今年は14年目。あっという間に感じますが、改めて振り返ると、いろいろな経験をしてきました。
その中で、特に印象に残っている思い出は、入会後初めての例会の日のことです。
かなり早めの時間に例会場所に到着したら、市川尚吾さんがすでにいらっしゃっていました。手には著作の乾くるみ『リピート』を持っています。たまたま取材か何かで必要があったから持ってきていたとのことでした。

刊行されてから3ヶ月以上経っているのに、当時の私は、読了どころか入手もしていませんでした。2004年の前半は再婚、出産、0歳児の育児開始、後半は評論の原稿を書くことに追われていたからなんて、言い訳にすぎません。
素直に「まだ持っていない」と市川さんに伝えたら、「あげるよ」と手渡されました。作者から本を直接いただけるなんて、夢のような出来事です。
戸惑っている私に、市川さんはこのように質問されました。
「ここ(探偵小説研究会)に入って、何をしたい?」
「『本格ミステリ・ベスト10』のレビューを書きたいです」
「それは、会員になったのだから、必ずしなければならないこと。ほかにはどうしたい?」
 私は答えることができませんでした。
「今すぐは考えられないかもしれない。でも、せっかく探偵小説研究会に入ったのだから、目標を持っていこう。どんな小さなことでもいいよ」
 雑談と同じように穏やかで優しい口調でも、重みがありました。
「ベスト10以外に、1年に1本以上、文章を発表したいです」
 しばらく考えてから、ようやく私は結論を導き出せました。
「よし。これから一緒に頑張っていこう。本はお祝いの代わりね」
ほかの方がいらっしゃったので、話は終わりました。
帰宅してからすぐに読み終えた『リピート』は、とても面白く、私にとって忘れられない一冊になっています。
それから現在まで、市川さんとは『ベスト10』の国内座談会や探偵小説研究会の機関誌『CRITICA』の座談会でご一緒したり、『本格ミステリ・ディケイド300』や『21世紀本格ミステリ映像大全』では乾くるみ作品のレビューを担当したりしました。
そして、いつしか私も、評論と小説、2つの名義を使うようになっていました。目の前の仕事にがむしゃらになっていて振り返る余裕はありませんでしたが、あのとき立てた目標を達成するために、少しでも書ける場を増やしたいという思いもきっとあったのでしょう。

(画像クリックで拡大します)
乾さんとは、第11回と第12回の本格ミステリ大賞の予選委員を一緒に務め、『人狼作家』ではプレイヤーの一人になっていただけました。今年の3月に刊行予定のアンソロジー『平成ストライク』には、平成に関する短編が一緒に収録されます。
困ったときはいつでも相談にのってくださり、何もなくても国内ミステリの古本を中心に楽しくおしゃべりするくらい、親しくさせていただいている方でありますが、書いたものについては決して甘やかされることはありません。優しさと厳しさを兼ね備えた、理想の良き先輩です。
ところで、昨年『リピート』が連続ドラマ化されたとき、「ものすごく面白いドラマが始まった」と息子がはしゃいでいました。「市川さんが原作なんだよ」と言ったら、息子以上に娘が驚きました。
「市川さんと乾さんって、同一人物だったの?」
 とっくに知っていると思っていましたが、娘の驚きは別のところにありました。
「乾くるみさんの旦那さんが市川尚吾さんで、母はご夫婦のどちらとも仲が良いのだと思っていたわ!」
 私も「この人とこの人が同一人物だったんだ」と驚かれた経験がありますが、どちらも明らかに女性名義なので、ここまでは騙せません。
叙述トリックを愛し、自分でも手掛けようとしている者にとっては、うらやましい驚かれ方です。この先もずっと、市川さんには頭が上がらないでしょう。

※画像の2枚目の表紙絵は市川さんが描かれています。3枚目は竹本健治さん(中央)と一緒に撮ったプライベート写真です。

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