笹沢左保について|第63回 千澤のり子エッセイ

 ミステリー電子雑誌「ジャーロ」(光文社)にて、「日本ミステリー文学大賞の軌跡」という評論が連載されています。日本ミステリー文学大賞とは、「ミステリー文学の発展に著しく寄与した作家および評論家に与えられる賞」です。年に1回与えられ、今年で26回目になります。日本ミステリー文学大賞の軌跡・第3回 笹沢左保(前編)|羽住典子|ジャーロ編集部|kobunsha|note
 私は第3回受賞の笹沢左保について書きました。デビューは1960年で、2002年に亡くなっています。テレビドラマ「木枯し紋次郎」の原作者で、著作は380冊近くあります。
 少し前に決まったので、準備は早めに始めました。
 まずは所有本をひとまとめにして、未所有本をチェックして、とにかく古本屋さんをまわって……としていたら、同じ本を何冊も買ってしまうし、タイトル違いも買ってしまうし、経費もかなりかかります。
 置き場所にも困ったなあと、iPhoneを眺めていたら、Kindle読み放題があることに気がつきました。これなら、いつでもどこでも読めます。暗いところでも問題ありません。出かける際は何冊も運ばなくてもよくなります。
 とにかく次々に読んでみたら、電子書籍のほうが早く読めることにも気が付きました。もともと私は紙の本が好きです。仕事で使うときは、付箋を貼る以外にも、アンダーラインを引いたり、折り目をつけたり、書き込みもします。アナログ性質なのか、そのほうが記憶にも残りやすくなります。
 そんなこんなで、今年の2月くらいまで、人と会うたびに「仕事以外の本を読む余裕がない」と言っていたのは、笹沢左保で頭がいっぱいだったからであります。
 みんなが新刊の話題で盛り上がっているのに、私は自分が生まれるずっと前に書かれたミステリで手一杯なんて――。
 仕事だから、何を読んでいるかも言えません。とてつもない疎外感を覚えました。
 現在、徳間文庫から笹沢左保の復刊セレクションが刊行されています。選者は有栖川有栖さんです。
(ツイッターIDトク魔くんか有栖川さんなら話ができる!)
 そんな度胸はとてもありません。ただ、自分が評論で取り上げようと思った作品は有栖川さんのセレクションと、とてもよくかぶっていたので、大変失礼ながらシンパシーを感じています。
 笹沢左保は、「俺は大衆文学の作家だ」と自称しているくらいの、流行作家でした。月に13本から15本の連載、原稿用紙1,000枚から1,500枚を執筆、立ったまま書いていたというエピソードもあります。
 調べながら感じた疑問は、なぜそんなに人気があったのだろうということです。ミステリ読者のみでは、ここまでの流行作家にはなれません。
 自分の頭の中だけでもいいので納得したいという思いが強く、佐賀県を訪れた際に竹本健治さんにお願いして、笹沢左保記念館まで連れて行ってもらいました。

 仕事場を見て、そこから見える景色を見て、館長から、紙面では描かれないエピソードを聞いても、まだ見えてきません。
 ただ、読者と主人公が同化しやすい作風だからかなと思っています。
 殺人事件に巻き込まれることで平凡な日常が冒険になり、異性とも恋に落ちていく。男性主人公だと女性は貞淑でしとやかで美しく、女性主人公だと男性は強くて頼りがいがある。
 裏切り裏切られの展開もありますが、人間の恋情が深く描かれていて、当時はそれがすごく魅力的に感じられたのかもしれません。このあたりはもう少し、ミステリ以外の側面から調べていきたいと思っています。
 それから、なぜか、笹沢作品は崖に行く場面が多い印象があります。冒頭で殺人、男女の素人探偵があちこちに行って最後に事件を解決する――この構図って、二時間ドラマに通ずるものがあります。もしかしたら、二時間ドラマの素地を作ったのは、笹沢左保の小説かもしれないと考えていますが、ドラマ史の研究もしないと、答えは見つからないでしょう。
 ちびっこがスーパーヒーローの真似をするのは、何十年も前から変わりません。
 ヒーローに憧れる大人は、当時はミステリの主人公に自分を投影していたのかもしれません。
 ちなみに、私がミステリ好きではない人に1冊おすすめをするなら、『暗い傾斜』です。この年になってようやく、良さが分かりました。

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