母校の探偵小説研究会|第53回 千澤のり子 エッセイ

 今から11年以上前、ツイッターユーザーがまだそんなにいなかった頃の出来事です。
 ある日、「大学の講師がミステリの解説を書いているすごい評論家らしい」というツイートがリツイートで流れてきました。見知らぬアイコンです。どこの大学かは分かりません。講師の名前も伏せています。
 でも、とても見覚えのある講義内容です。私の所属している探偵小説研究会の大先輩が、「最近母校で講師をしていて」と、例会で話していたのを思い出しました。私も同じ大学、専修大学の出身です。
(これはきっと、あの方の授業を受けている学生さんのツイートだわ!)
 リツイートした相互フォロワーさんに頼んで大学名をダイレクトメールで聞いてもらったら、やはり的中していました(この相互フォロワーさんもネットで出会って親しくなった、長い付き合いの方です)。
 ツイッターは、どこの誰とも分からない方々と、趣味や日常の話題で盛り上がるツールとして使用していたので(今でも同様に使っていますが)、リアルでつながりのある方に出会うことはめったにありません。これも何かの縁だろうと、ツイッター越しでおしゃべりをするようになりました。
 話題はミステリの話が大半でしたが、こんなことが。
「うちの大学ってミス研がないのですよね」
「作ってしまうのはどうでしょう」
 それから、書類を用意して、メンバーを集めて、顧問を探してと、あっという間に専修大学に探偵小説研究会という名前のミステリ研究会が発足されました。
探偵小説研究会
 初代代表はフォロワーさんです。会がつくられていく過程はツイッターでほぼ実況されていて、私は見守るだけでしたが、設立に携わった者として、第1回読書会のゲストに招待されました。
 課題図書は、当時刊行されたばかりの単著第2作『シンフォニック・ロスト』です。自分の書いた本について、目の前で感想を語られるという経験は初めてでした。飾らず、気取らず、自分の考えを自分の言葉で語るという姿勢に、大学時代で学んだことを思い出していました。
 ミス研っていったい何をするのだろうとネット越しに見ていたら、かなり活動的であることが分かりました。月に1回の読書会、機関誌の制作、合宿、大学祭で犯人当てゲーム提供など、盛りだくさんです。彼らには彼らなりの、語られていないいろいろなことがあったと思いますが、私にはとてもまぶしく、青春の一ページを見させてもらっていました。

 深入りはせず距離を置いていたけれども、初代代表の方をはじめとする数名とは、今でも個々に付き合いが続いています。あどけなかったのに、みんな自分の道をしっかり歩いていて、私のほうが頼りにしているくらいの立派な大人になりました。
 その初代代表の方、岡田大樹くんが、単著を刊行されました。
 タイトルは、『フォークナーの『サンクチュアリ』再読/改稿 語り手の再編成』(注)です。2017年に専修大学大学院文学研究科に提出した学位論文に、その後の研究を加えて全面改稿をされた研究書になります。
 岡田大樹
 岡田くんはゴシック小説に重きを置いていて、「文学研究の極意は推理小説にある」という切り口から研究を重ねている方です。アガサ・クリスティやエラリー・クイーンの短編を原書で読み解くという講義もされていました。
 本作は、『サンクチュアリ』の改稿前と改稿後の比較しながら、語り手と読み手の双方について分析していく流れになっています。私は小説を書くときに読み手を惑わす叙述トリックを用いることが多いので、うなずける箇所がところどころにあって、勉強になりました。
 あとがきの最後にあった謝辞には、日頃からよく聞いていたお名前が書かれています。著者の言葉以上の思いが伝わってきて、こみ上げてくるものがありました。きっかけは何気ないツイートだったのに、夢を叶えていく姿を見守ることができるなんて、ネットの出会いには良いこともあるのだと、心底思った瞬間でした。
 近々、岡田くんは別名義で翻訳家としてもデビューします。
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(編集者注:2022年3月 春風社発売

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