『江戸川乱歩全集』を揃えたい|おすすめと各出版社の違いを解説(講談社、光文社ほか)

【江戸川乱歩とは】

 明治27年、三重県名賀郡名張町(現名張市)に平井家の長男として生まれた太郎。彼が後に『二銭銅貨』(大正12年・新青年掲載)で作家としてデビューし、江戸川乱歩となります。日本における探偵小説の歴史は「大乱歩」と呼ばれた彼の名前なしでは語れません。
 『二銭銅貨』や『D坂の殺人事件』のような本格探偵小説、『陰獣』や『人間椅子』、『孤島の鬼』『芋虫』などで顕著に見られる、不健康さ故の魅力がある作品、そして『怪人二十面相』から始まるジュブナイル小説。
 昭和40年に没するまで、乱歩は実に100作以上、数多くの作品を発表しています。
大正、昭和、平成、令和、と時代は流れても、いまだなにひとつ褪せることなく、読み継がれているのが乱歩の作品です。
 「名前は聞いたことあるけど、今まで読んだことがないなー」という人でも、乱歩作品を原作とした映画やドラマなどの映像や、あるいは乱歩にインスパイアされた絵画や楽曲なども含めれば、きっとなんらかの形では彼の作品に触れているのではないでしょうか。

 さて、では「江戸川乱歩を揃えたい!!」と思いたった時、いったいどこから手を付けたら良いのでしょう?
現在、各出版社から全集や傑作選が出版されているのはもちろん、既にパブリックドメインとなっている乱歩の著書は、青空文庫(※主に著作権が消滅している作品を無料公開しているweb図書館※)で一部は読むことも可能です。
 最初に書いておきますが、この問いに絶対の正解はありません。
書店や古書店、あるいはwebサイトや図書館で、なんとなく気になったタイトルや格好良いと思った表紙の乱歩作品をまず選べば、それを正解としてしまって良い気がするのですが……そう書いてしまうとここで文章が終わってしまうので……少しでも選ぶときの指針になればと、この後を続けますね。

【生前の全集】

 人気作家だった乱歩は生前にも「全集」と名のつくものが平凡社春陽堂光文社、桃源社などからも出版されていますが、こちらは生前刊なので当然ながら収録作が半端であることや、さすがに年代物となるので、「読む」目的というよりは、蒐集癖のある方にお勧めかと思います。
 尚、昭和36年~発行された桃源社全18巻のものは、平成に入り沖積舎から復刻もされていますが、いずれにしてもコレクション目的のほうが強いかもしれません。復刻版はともかくとして、それ以外のものは状態の悪いものも多いでしょうし、入手経路も、古書店やネットオークションなど限られてきてしまいます。

【函入り全集】

 没後には、まず講談社から函入りのハードカバーの全集が昭和44年、昭和53年と出版されています。
 昭和44年のものは全15巻、昭和53年のものは全25巻となり、冊数でもわかるように、この二つであれば断然、昭和53年刊行のもののほうが内容は充実しています。ただ残念ながら、それでもジュブナイル作品や随筆は一部のみの収録です。
 でも、この講談社全25巻、なんといっても装画がたまらなく格好良いのですよね。篠田昌三によるものなのですが、奇妙で薄気味悪さのある緻密な絵が、乱歩の描く世界ととても良く合っています。全25巻揃えて本棚に並べたとき、背表紙が一続きの絵になるところも素晴らしいです。挿画には横尾忠則(こちらは全15巻のものも同様)も参加しています。
講談社 江戸川乱歩全集

篠田昌三の装画
 完全な私の主観になりますが、出版されている乱歩の作品の中でこの講談社全25巻の装丁が一番乱歩らしく好きなのです。
 こちらの入手は、いずれも古書店やネットオークションが主になるかと思いますが、見かけることも多いので入手困難というわけではないでしょう。

【文庫で乱歩】

同じく講談社からは、昭和62年から『江戸川乱歩推理文庫』として全65巻(+補巻1冊)の文庫全集が出版されています。装画は天野喜孝。
先の函入りのものに比べると収録作品がかなり増え、厳密には全てではないかもしれませんが、これを揃えれば、ジュブナイルを含む小説作品、随筆など、大多数の作品はカバーできるはずです。
また特別補巻としてA4判の『貼雑年譜』のレプリカも刊行されています。
(※乱歩自らがメモや新聞の切り抜きなどスクラップしたもの。こちらの特別補巻版は一部割愛してあります。ちなみに貼雑年譜は東京創元社から完全復刻版が出ていたりもします※)
こちらも現在は古書としての入手になるため、揃えようとすると65冊(+補巻)という巻数と保管場所がネックになってくると思います
全巻揃いで古書店やオークション等に出ることもあるので、一気に買える勢いと財力があるのならば、それに越したことはありません。
江戸川乱歩推理文庫

同じく文庫の全集としては、平成15年から光文社より『江戸川乱歩全集』全30巻のものが刊行されています。
光文社 江戸川乱歩全集
こちらはなんといっても現状、新刊書店で入手可能なものなので「手に入れやすい」というのがまず大きなメリットです。収録作品に関しても講談社版には及ばないかもしれませんが、ジュブナイルや随筆なども主要なところは収録されています。

【講談社と光文社、どこが違うの?】

 では、この文庫全集の収録作品以外に、講談社版と光文社版は何か違うところがあるのかというと、
 1光文社版は原則作品発表順の掲載であること
 2同じタイトルの作品でもテキスト自体に違いがある
 が挙げられます。
 1に関しては、発表順のため当然、一般小説の途中にジュブナイルが挟まれていたりするのですが、それを執筆時の背景なども想像でき良しとするか、シリーズは出来るならまとめて読みたいな、となるか、捉え方はそれぞれですね。
 2は光文社版は初出テキストを重視しているため、統制の厳しかった当時同様の伏字があったりします(もちろん解題がしっかりついているので何のことやらわからない……!という状態にはならないのでご安心ください)。講談社版は、底本がその後の改稿されたものを使用しているため、伏字にはなっていません。語句の表記なども全て比べているわけではありませんが、違いがあるはずです。
 このテキストの違いも「個人の好み」と言ってしまえばそれまでなのですが、一読で理解しやすいのは、やはり伏字なしのほうでしょうか……でも伏字のある、例えば「芋虫」を、まずは何が書いてあったのか想像しながら読んだりするのも、ことさら背徳感があってなかなかに楽しかったりもします。

【他の出版社も】

 他「全集」とはつきませんが、春陽堂書店からも『江戸川乱歩文庫』として全30巻の文庫が出版されています。昭和62年に刊行スタートとしたこちらのシリーズは、平成27年にリニューアル版として文字サイズやレイアウト変更などを行い、より読みやすくなったものが現在刊行されています。
 銅版画家、多賀新氏による装画は、書店に並んでいてもかなり目をひくもので、読んだことがなくてもどこかで目にして記憶にある方も多いでしょう。
私もこの表紙が好きで、乱歩の中でも、とくに好きな作品は春陽文庫でも揃えてしまっています。
ジュブナイルや小説以外のものはなくても……という方には、入手も容易ですし、表紙の雰囲気もあり良いシリーズだと思います。
春陽堂書店 江戸川乱歩文庫
その他、『乱歩傑作選』として創元推理文庫から、『江戸川乱歩ベストセレクション』として角川ホラー文庫からなどからも、出版されています。
やはり、全集とつくものには収録内容は及びませんが、各社装丁や解説などにも個性があるので、見比べてみて自分のお気に入りを探すのも面白いですね。
双葉社・ちくま文庫
(各出版社のテーマ別全集にても色々と収録/双葉社・ちくま文庫)

【乱歩の表紙】

 少し話は脱線しますが、講談社『江戸川乱歩推理文庫』の天野喜孝、春陽堂書店『江戸川乱歩文庫』の多賀新、いずれも乱歩の世界をより妖艶なものにする魅力的な表紙を手掛けていますが、それぞれその表紙を集めた画集も出版されています。
『天野喜孝 乱歩幻影画集』『江戸川乱歩 幻想と猟奇の世界』としてそれぞれまとめられていますので、気になる方はこちらもぜひ、チェックしてみてください。

【少年探偵団】

 ここで昭和11年から37年にかけて乱歩が発表したジュブナイル、少年少女に向けた探偵小説集にも注目してみます。
ポプラ社から昭和39年より『少年探偵江戸川乱歩全集』が全46巻で出版されています。それ以前にも、光文社から少年探偵シリーズとして全23巻のものが刊行されていますが、こちらは、なかなか市場に出回っているのを見ることも少なく、価格も高くなっているため、コレクターズアイテム的な要素が強そうです。

 さて、ポプラ社全46巻、当時のものは古書での扱いのみですが、子供の頃の学校図書館などにも蔵書されていたから「知ってる!」という方も多いかと思います。柳瀬茂らによる、リアルな装画は、いったいどんなお話が描かれているのか見ているだけで大人になった今見てもワクワクしますよね。この表紙のためだけでも揃えたくなります。
少年探偵江戸川乱歩全集 ポプラ社
 全46冊ですが、純粋に乱歩の筆によるものは26巻まで。27巻以降は一般向けの作品を児童向けに、乱歩ではない作家がリライトしたものとなっています。そのため、その後もポプラ社からは少年探偵シリーズはリニューアルして出版されていますが、27巻以降のものに関しては、この旧版でしか手に入りません。
 もちろん、乱歩自身が書いたものではないので、「絶対に揃えなきゃ」というわけでは全くありませんが、困ったことに、乱歩のシリーズとして出版されているのなら揃えたくなるのがマニア心でしょうか……尚、27巻以降のリライト作者としては武田武彦、氷川瓏の名前が見られます。

 ポプラ社からは、新訂版がその後もいくつか出版されており、現行では「ポプラ文庫クラシックシリーズ」として、当時の装画そのままに文庫全26冊が刊行されています。
解説や巻末エッセイなども執筆陣が充実しており、入手も容易、当時の装画も楽しめるので、少年探偵団シリーズとしてまとまったものが欲しい、というのならこちらを揃えるのが現実的かもしれません。

【脱線しますがグッズもかわいい】

 2015年は乱歩没後50周年だったのですが、この年はとくに様々な企画で盛り上がっていました。その一つになるのでしょうか。
 ヴィレッジヴァンガードさんからは、少年探偵団シリーズの表紙を模したTシャツやトートバッグ、株式会社キタンクラブさんからは『江戸川乱歩 少年探偵シリーズ マグネット』として、同じく表紙がそのまま小さくなった(+シークレット)デザインのカプセルトイの景品も販売されていました。
この表紙、やっぱり皆、そそられますよね!
カプセルトイ

【最後に】

 長くなりました。数多出版されてきた中のごく一部、現在でも見かけることが多いものを中心に紹介しましたが、最初のほうに書いたように「何をどう読むか」に正解なんてないというのが、正直なところです。
 読書(とくに小説)は娯楽です。誰かに何かを強制されるものではありませんし、これを読んでいるから偉い、あれを読んでないから駄目だ、なんてことはひとつもありません。一冊を大切に読んでも良いし、揃えたかったら欲望のまま、揃えれば良いのです。
 たとえば、子供のころに「ポプラ社乱歩に出会ってミステリに目覚めました!」というのが王道パターンなのかもしれませんが、私自身は乱歩を初めて読んだのは中学時代の図書館で、それまではジュブナイル作品は全く通っておらず一般向けの作品からスタートしています。それでも後追いで細々と追いかけ、まったく詳しいわけでもありませんが今こうして乱歩、ひいてはミステリファンの端くれ(も端くれ)として楽しく過ごしています。好きな時に好きなものを読みましょう。

皆さまも、ぜひ心地よい読書生活を。

名張市図書館 江戸川乱歩著書目録

(今回の記事を書くにあたり多く参考しました。『名張市図書館 江戸川乱歩著書目録』)

-古書店からの自サイト紹介-
今どき珍しい?全集に力を入れている古本屋です!

古書店三月兎之杜では全集ミステリ小説を買取しております。
ご相談は、お気軽に・・・、
WEBご相談フォーム
LINEお申込フォーム
・フリーダイヤル:0120-996-504(10-20時/年中無休)をご利用下さい。
よろしければシェアお願いします