古書店はおもちゃ箱|第1回 黒田研二 エッセイ

 皆さま、はじめまして。作家のくろけんこと黒田研二と申します。名前は沢田研二に似ていますけど、外見は吉沢亮にそっくりだったりします。嘘です。ごめんなさい。
 私、今から二十年ほど前にメフィスト賞という新人賞を受賞してデビューしました。あの西尾維新さんもこの賞の出身者だったりします。飲み屋で出会った若いお姉ちゃんにこの話をすると、決まって興味を示してくれるのでとってもありがたいです。「あ、そうそう。オレ、あいつと知り合いだから、今度サインでももらってきてあげようか?」と得意げに語ると、「うわあ、すごーい。くろけんさん、ステキーっ!」とやたら持ち上げてくれるのでたまりません。ホントは西尾さんにお目にかかったことなど一度もないのですが。そんないい加減な男です。以後、お見知りおきを。
 さて。このたび古書店三月兎之杜さんのウェブサイトでエッセイを連載させていただくことになりました。ありがたいお話だったので快く引き受けたまではよかったのですが……さて、どうしよう? いきなり壁にぶち当たりました。「本や作家に関することであれば、なにを書いてもらってもOKです」といわれたものの、本や作家に関しては、すでに千澤のり子さんが面白くてためになるエッセイを連載しています。千澤さんと較べて、作家の友人もほとんどおらず、読書量もさっぱり、書評眼なんてないに等しい僕が、太刀打ちできるはずもありません。どうしよう? どうしよう? うんうんうーんとうなりながら必死でテーマを考え続けること数日間。よい案はまるで浮かばず、これはもう実際に古書店へ出かけてアイデアを探してくるしかないなと思い至った次第でございます。
 古書店、大好きです。入店した瞬間に感じる古本のにおいがたまりません。雑多に積み上げられた本の山の向こう側をおそるおそる覗きこむスリルが快感です。書棚の前で仁王立ちしたまま、目だけをせわしく動かしているお客さんを見ると、「おお、同志よ!」と後ろから抱きしめたくなります。それが成人向けコーナーだったらなおさらのこと。沙羅樹とか懐かしすぎるだろ、おい。すみません。わかる人だけわかってください。

 いきなりですが皆さま、古本と古書の違いをご存知でしょうか? 古本は一度誰かの手に渡った本の総称。その作品が今も新刊として市場に出回っていたとしても、中古品として店に並べば古本です。一方の古書は、すでに絶版となってしまったために入手が難しく希少価値の高い本のことをいいます。古本はリサイクルグッズ、古書は骨董品と考えていただくとわかりやすいでしょうか。
 たいていの古書店では、古本と古書の両方を取り扱っています(ちなみに、古書店と古本屋に明確な違いはないみたいです)。つまり、百円の値付けがされたベストセラー作品の隣に、何万円もする超マニアックな本が並べて置いてあったりもするわけで。これってなんだかものすごくワクワクしませんか? だって、若い頃は全然冴えなかった男が、当時人気者だったチャラ男の隣で、そいつより高値で売られていたりするんですよ。しかも元チャラ男は客の指紋がべたべたついて汚れているのに対し、こちらはパラフィン紙のカバーをかけられての高待遇。オレだっていつかこうなってやるぞ、と勇気が湧いてくるじゃないですか。
 また古書店は、新刊書店ほど丁寧に商品がジャンル分けされて並べられているわけではありません。店によっては「ジャンル分け? なにそれ? 食べられるの?」ってな感じで、めちゃくちゃに陳列されているところもあるでしょう。でも、それがまた魅力的だったりします。だってそれって、黒田研二と吉沢亮が一緒に並んで立っているみたいなもんじゃないですか。喩えがわかりにくいですか。そうですか。
 古書店には様々なジャンルの本が並んでいます。得意分野の本ならば、ある程度はその価値を理解できるものの、まったく知らないジャンルだと、「え? なんでこの本、こんなに高価なの?」「うわっ! この本、どうしてこんなにも大量に並んでるの?」と首をかしげることもしばしば。奇妙なタイトルに目を惹かれたり、美しい装丁に心打たれたり、思いがけない出会いがあるのが古書店の魅力です。
 新刊書店に堂々と並ぶピカピカの本たちとは違い、古書店の本には独特の味があります。薄汚れた表紙、ページの間に挟まった栞、もともとの持ち主が書き込んだアンダーラインやメモ……だから古書店は飽きません。何時間でも書棚をながめていられます。
 古今東西あらゆるジャンルの本が雑多に並べられた古書店は、巨大なおもちゃ箱だといってよいでしょう。なんだ、エッセイのテーマに悩む必要なんて全然なかったじゃん。超高値の本、逆に安すぎる本、汚れた本、珍しい本、へんてこな本……古書店はネタの宝庫です。訪れれば、エピソードなんていくらでも生まれるに違いありません。
 しかも、ネタは本だけに限りません。店先の奇妙なアイテム、風変わりな店主、不可解な行動を見せるお客さんなどなど、「ここは異世界か!」と思わず叫びたくなるようなファンタジックな出来事があれこれ起こることも多いはず。次回からそんな古書店の面白話を紹介していければと思っております。おつきあいいただけたら幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。

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