チューニングカー雑誌買取『OPTION』『CARBOY』/オプション、カーボーイなど

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1980年代から90年代半ばにかけての車雑誌をお譲りいただきました。ありがとうございます。この時期、いわゆるバブル前夜、バブル期、そしてバブル崩壊後もしばらく車業界はバブルの残滓を引きずっていたこともあり、自動車業界、とりわけスポーツカーにとって一番(そして最後の)幸せな時代だったのではないでしょうか。

OPTION (オプション)

OPTION 増刊号表紙

本誌は1981年創刊。現在も刊行されている長寿誌です。今回お譲りいただいた2冊は1987年5月と11月に発行された「峠スペシャル」「峠スペシャル2」。ご存知ドリキン土屋圭市氏(後述)。
スポーツカーを駆る若者たちが腕試しの場として「峠を攻める」ようになり、有名な峠道では走行タイムなどを競う「走り屋」が登場。80年代には一種の公道を使ったショー的なものとなり、コーナーなどに「ギャラリー」も詰めかけるようになりました。この時期、バイパスや高速道路、トンネルなどの完成で、幹線道路としての役目を終えた峠道が増えていったのも理由の一つだと思われます。碓氷峠とか赤城山とか、いわゆる「頭文字D」の世界です。

OPTION 増刊号1目次
OPTION 増刊号2目次

この時期の『OPTION』本誌は、ご存知、稲田大二郎氏のもと、最高速度・最高出力重視のチューンナップ、特化した内容でした。忘れてはいけない、ゼロヨンもありましたね。そのため「峠スペシャル」は臨時増刊という形で発行されたものと思われます。5月増刊号のメイン車両がFRのAE86ですが、実はまさにこの年の5月にレビン/トレノはFFのAE92へと代替わりしています。そこで11月増刊号のメインはAE92となっているのも時代とフットワークの軽さを感じますね。もっともAE86が未だに愛され、GR86に繋がっているのは、皆様ご存知の通りです。

土屋圭市

土屋佳市 レーシングヒストリー表紙

さらにこの「峠スペシャル」シリーズ2ではレーシングドライバー・土屋圭市を丸ごとフィーチャー。今なお「ドリキン(ドリフトキング)」として名高い方ですね。

彼自身も峠の走り屋出身ですが、その走行中の事故から走りのルールの必要性を痛感しモータースポーツの世界へ。1977年の富士フレッシュマンレースでレースデビューし、1984年の富士フレッシュマンレースではAE86で開幕6連勝を達成しその名をとどろかせます。グループAでは、タイサン32GT-Rを駆り、最後は憧れの師匠”高橋国光氏”とチームメイトでもありました。レースでもドリフト走行を多用する「魅せる」走りで人気でした。

レーサーとなるために上京した間もない頃は「OPTION」編集部で寝泊まりしていた時期もあったとのことで、その縁などもありこうした誌面への協力も厚く行っていたようです。ビデオ『ザ・峠』発禁と稲田大二郎氏の関係など話題も多くありますね。

CARBOY(カーボーイ)

CARBOY 1984.年12月号表紙
CARBOY 1986年3月号表紙

自ら車の修理や改造を手掛けるユーザー向けの雑誌として1980年に創刊。エンジンパワーの計測などによりチューニングの数値化を熱心に手掛けていました。今回お譲りいただきました1985年12月号、86年3月号、89年7月号、94年3月号、いずれもドリフト記事や峠の主流マシン、峠向けのセッティングなどが収録されています。

CARBOY 1989年7月号表紙
CARBOY 1994年3月号表紙

80年代までは表紙の女性は、この時代の雑誌あるあるという感じですね(笑)。
たしかに80年代は色々な雑誌がとりあえず女の子のモデルさんが表紙だったなあと思いだして懐かしがりつつも、本の厚みじたいはちゃんと94年3月号のほうが増えているので、読者もガチ路線をこそ求めていたということでしょう。

古書店三月兎之杜では、昔のチューニングカー雑誌を買取しております。『OPTION』『CARBOY』『ドリフト天国』などなど、走り屋、峠、最高速、首都高、湾岸、ゼロヨン・・・などの当時の”熱い”時代の言葉にピンときましたら、ぜひ弊店にお譲りください。
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