どこにも出かけられないこんなときには読書でも~珍本紹介『たろう』~|第7回 黒田研二 エッセイ

 どーも、えびばでぃ。一ヵ月ぶりのご無沙汰でございます。
 この一ヵ月間で世界は大きく揺れ動き、なんだか大変なことになっちゃいましたよね。用意していたマスクもついに底をつき、こうなったら変態仮面みたいにパンツをかぶって過ごすしかないんじゃないかと危惧する毎日。いや、それはそれでちょっと面白そうなんだけどさ。楽しみにしていたTEAM SHACHI(僕が溺愛するアイドルグループ)のライブも次から次へと中止となり、落胆した日々を過ごしております。
 このような事態に陥らなければ、京都、兵庫、新潟、福岡……とTEAM SHACHIを追いかけて日本全国を駆け回っていたはずなんですよ。遠征したら、その土地の古書店を巡って、このエッセイのネタにするつもりだったんですが、あのにっくきウィルスのせいで、すべての予定がオジャンとなってしまいました。
 というわけで……今回、ご紹介する古書店がまったくないんであります。わは。わはは。笑ってごまかしとけ。
 仕方がないので、古書店を紹介する代わりに、TEAM SHACHIがいかに素晴らしいアイドルであるかを熱弁しようかとも思ったのですが、「ハルちゃん、可愛い♪」とか「6月に大阪で野外ライブがありますよ! みんな来てね」とか書きまくったら、さすがに三月兎之杜さんからお叱りを受けちゃいますのでそれはあきらめ、今回は趣向を変えて、古書店で見つけた珍本についてお話ししたいと思います。
 このエッセイの第2回で紹介した仙台の「萬葉堂書店」。そこの地下売り場で見つけ、ひと目惚れして即購入した古書(1000円)がこちらとなります。


『たろう』

 たろう!
 ああ、なんてシンプルなタイトルなんでしょう!
 名前がタイトルになっている小説といえば、夏目漱石の『三四郎』やミヒャエル・エンデの『モモ』が思い浮かびますが、『たろう』はそれに勝るインパクトです。
 この作品、表紙に著者名が書いてありません。あれ? どういうことだろう? と首をひねりながら奥付を調べてみると……


著作者が文部省!

 そして、発行所は東京書籍。……そう、実はこれ、小学校の教科書なんですね。よく見ると、表紙の右下に小さく〈文部省著作教科書〉と記されています。
 ネットで検索したところ、実はこの本、小学三年生用の社会科の教科書なのだとか。教科書なのに『たろう』? お偉いかたの考えることはよくわかりません。
 たろうとは一体、何者なのか? 謎を解明するべく、早速ページをめくっていくことにしましょう。


このタイトルの与えるインパクトはやはり絶大。


こちらは目次。

 そして、いよいよ本文へ突入です。
 教科書とはいいつつも、その中身は小学三年生の男の子――たろう君の日常を描いた小説。なるほど。主人公の名前が本のタイトルになってるわけですね。

” 市電をおりると、にぎやかなこうさ点です。こうつうじゅんさがまんなかに立って、こうつうのせいりをしています。手をいきおいよくふりあげて、ふえをならすと、とめられていた車や人がいっせいに動きだします。ひとりでに、しんごうが青くなったり、赤くなったりして、おまわりさんがいないときでも、しょうとつしないようになっています。 ”

 最初の章は、主人公のたろう君が従兄弟のとしお君、同級生のみつこさんと連れ立って、町の書店へ出かけるお話です。たろう君たちは道中、さまざまなものを見かけます。船、電車、自動車、駅、交差点、市場……たろう君と行動を共にしながら、社会の仕組みを学んでいく――そのような意図で作られた物語なのでしょう。

 たろう君の訪れた町は、大勢の人でにぎわっていました。最初にこの本が発行されたのは昭和23年7月。戦争が終わってまだ3年しか経っていない時期です。それなのに、地下鉄が走っていたり、映画館に行列ができていたり……僕のイメージしていた戦後とはかなり違っていました。戦後3年でここまで復興していたのかとひどく驚いた次第。
 今から70年以上前――昭和23年なんて、大昔の出来事のように感じていましたが、この本を読んでみて、意外と今の生活と変わらない部分も多いんだなあと思ってみたり。スマホやテレビゲームはもちろんのこと、テレビすらまだない時代ですが、休み時間に運動場で野球をしたり、休日は家族みんなで動物園へ出かけたり、少なくとも子供たちの日常は今も昔もあんまり変わっていない印象を受けました。

 ” 「やあ、きょうは、しんたいけんさだよ。まえの週に、先生がそういってたよ。」
 ひでおくんは、ぴょんぴょんととびあがって、たのしそうにあるきます。 ”

 身体検査だといってはしゃぎまくるひでお君。昔を振り返ってみると、僕も間違いなくそんなエロ小学生でした。いや、ひでお君が楽しそうにしている理由はひとことも書いてないんですけどね。でもきっと、そういうことだったんでしょう。うひ。
 戦後まもなくであることを感じさせない描写が続く一方で、踏切の遮断機を踏切番のオジサンが手動で上げ下げしていたりとか、お昼ご飯を食べたあと、回虫を退治する〈まくり〉と呼ばれる薬をみんなで飲んだりとか、電気やガスのメーターが〈メートル〉と呼ばれていたりとか、今では見かけない光景もあちこちにちらほら。
 戦争が終わってからたったの3年。実際にはまだまだ苦しい生活を続けていた人がたくさんいたと思うのですが、そのようなことはほとんど描かれていません。唯一、戦争の爪痕が見えるシーンは、留守番中にうまく電話に出ることができたたろう君を褒めたお母さんが、「(戦死した)おとうさまにもおみせしたかったわ」としんみり口にするところくらいでしょうか。平和な日常ばかりが描かれる分、このシーンだけがやけにシリアスに映ります。
 当時の世相を子供目線でわかりやすくリアルに知ることができる『たろう』。どうです? 面白そうでしょう? あなたも読んでみたくなったのではありませんか? 実はこの本、広島大学図書館のサイトで全文読むことができるんです。
 http://dc.lib.hiroshima-u.ac.jp/text/metadata/5085
 僕が購入した『たろう』は昭和24年11月発行の第二版で、上記のサイトで読める『たろう』は昭和23年7月発行の初版本。表紙のイラストは異なりますが、内容はほぼ同じです。興味があるかたはぜひアクセスしてみてください。
 それでは最後に、僕がもっとも心に残った箇所を抜粋。

” はくぶつかんもどうぶつえんも、げきじょうややきゅうじょうも、それがあるからといって、たべものやきものがふえるわけではありません。たりない家がたつわけでもありません。けれども、もし、そういうものがなかったら、人々の生活は、どんなにつまらないものになるでしょう。
 だれもがたのしくくらしていくために、このようなせつびは、ぜひなくてはならないのだと思います。 ”

 世間を脅かすウィルスのせいで、多くの娯楽施設への入場施設が制限されている今だからこそ、この文章が深く心に突き刺さります。
 一日も早く、一連の騒動が収まりますように。次回はいつもどおり古書店を紹介できますように。そう祈りながら、今回はしめさせていただきましょう。あでゅー。

《今月のくろけん》
 3月24日から大阪・阿倍野のOVAL THEATERにて上演する予定でした舞台「アパレルショップ綺羅の怪事件」(脚本・僕)は、このたびのコロナウィルス感染拡大の状況を考慮して9月に延期となりました。残念ですが仕方がありませんね。9月の上演を、僕も楽しみに待つことにします。
https://stella-gekijoh.com/

黒田研二

黒田研二(くろだ・けんじ)
作家。出版社勤務を経て、2000年『ウェディング・ドレス』(講談社)で第16回メフィスト賞を受賞してデビュー。主な著作は『今日を忘れた明日の僕へ』(原書房)、『カンニング少女』『キュート&ニート』(以上文藝春秋)など。近年は『逆転裁判』『逆転検事』のコミカライズ(講談社)、『真かまいたちの夜』のメインシナリオ、『青鬼』のノベライズ(PHP研究所)など、ゲーム関連の仕事が中心。得意なスポーツは水泳、スキー。好きなものは柴犬、アイドル。
Twitter:https://twitter.com/kuroken01

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