宮城県のお客様より、小学館の『コロコロコミック』の記念すべき創刊号および創刊2号、そして少し間を置いて78年終盤から1980年初頭までの全18冊をお譲り頂きました。
創刊号が77年4月発行ですから間もなく50周年ですね(記事執筆時2026年11月)。70年生まれの私も、当時飛び飛びに買ってもらっており、とても懐かしい気持ちです。貴重な雑誌のコレクションをありがとうございます。
コロコロコミックと『ドラえもん』
コロコロコミックは1977年より発行されている漫画雑誌です。ターゲットとなっているのは小学校低学年前後、「少年サンデー」未満と、小1~小6の各学年誌の間を開拓しました。この時期編集部が最も広げたかったのが、表紙にもなっている『ドラえもん』です。
1969年末より幼年誌から学年誌にかけて連載を開始した『ドラえもん』ですが、当初は特に話題となることはありませんでした。学年誌って各家庭の方針で定期的に買ってもらえる家か、そうでない家はイレギュラーに買ってもらえることもなくほとんどなくて全く知らない状態と、二極化しているんですよね。『ドラえもん』のスタートダッシュのもたつきもその辺にあったのではと思います。
1973年の最初のアニメ化も短期の放送に終わり、連載の終了も検討されます。そこで小学館は1974年に全6巻予定で単行本の刊行をスタートしました。意外にもこの時点まで単行本は出ていなかったんですね。てんとう虫コミックス第6巻「さよならドラえもん」で一旦区切りがついているのは、この時の判断によるものです。しかしこの単行本が予想外のヒットとなり、7巻以降も刊行されることになります。
1970年代前半は『新オバケのQ太郎(1971~1972)『ジャングル黒べえ』(1973)がアニメ化されています。この時期は再放送が多く(私も再放送で楽しんでいました)、当時の子供たちにも藤子不二雄作品の認知が拡がったタイミングでした。しかし『ドラえもん』はアニメ第一作は再放送もされず、コミックスでないと読めない状態でした。いわば70年代中盤の『ドラえもん』は「知る人ぞ知る」作品であり、一種の飢餓状態が形成されていたわけですね。
コロコロコミック創刊号の役割
そこで登場したのが『コロコロコミック』です。創刊時点で単行本は13巻まで発行、すでに500万部を売り上げていましたが、一方で70年代生まれにとっては先述の通り連載媒体が馴染みがない状態でした。
通常の漫画雑誌よりもコンパクトなA5の判型でページ数を大量にとるスタイルは、当時の雑誌の増刊号などイレギュラーに発行される別冊媒体でよく見られた構成でした。創刊号の総ページ数は500ページを越え、うち200ページが『ドラえもん』でした。いわば「ドラえもんマガジン」的に創刊されたわけです。
実質的には74年から75年にかけて学年誌で連載された『みきおとミキオ』『バケルくん』の再録や、藤子不二雄アシスタント出身の方倉陽二『藤子不二雄のまんが入門』、そして吉田忠による『まんが道』の児童向け翻案『ハムサラダくん』など、「藤子不二雄マガジン」ともいえるかもしれません。
もちろん顔ぶれは藤子プロ関係者ばかりではなく、川崎のぼる『いなかっぺ大将』の再録などもあります。同作のマンガ連載は1967~1972年、アニメ放送は70~72年と昔の作品でしたが、アニメの再放送が多く当時の子供にはおなじみでした。ほかにも、細井雄二(石森プロ出身)、制野秀一(つのだじろう、赤塚不二夫のアシスタントを経て独立)、内山まもる(タツノコプロアニメーター出身、70年代後半のウルトラマンシリーズ空白期をオリジナルマンガで支える)などの中堅どころも創刊号から作品を発表しています。
『王・張本ライバル物語』や『奇跡の野球王ベーブ・ルース』『リトル巨人くん』などプロ野球関係の漫画が多いですが、この当時子供のスポーツといえば野球でした。そのうえ創刊号当時(77年4月)は、それまでハンク・アーロンが持っていたホームラン世界記録755本を、当時37歳で巨人軍の4番打者だった王貞治(現ソフトバンクホークス会長)がいつ抜くかに注目が集まっていた時期でもあります。この時期は「756号が出る日を当てる」クイズやキャンペーンなど、シーズン当初から話題でした。ちなみに実際に756号が記録されたのは77年9月3日、偶然にもドラえもんの誕生日でした。
季刊から隔月刊、そして月刊へ
創刊2号でも150ページが『ドラえもん』、以降の号でも『ドラえもん』の比重が多いのは変わりません。77年は3か月に一回、78年は隔月、79年4月からは『ドラえもん』の二度目のアニメがスタートし、それにあわせて月刊化されています。私が読むようになったのは多分月刊化以降だと思います。アニメ効果恐るべしですね。おそらくアニメ放送と月刊化で部数も増え、目につく頻度も上がっていったのでしょうね。『金メダルマン』シリーズは『金メダル先生』(勝木一嘉)から読んでいたと思いますし、『(アクション刑事)ザ・ゴリラ』(坂丘のぼる)もそこはかとなく『ドーベルマン刑事』臭が漂う初期から読んでいた覚えがありますね。
今こうして70年代のバックナンバーを目にして、『ドラえもん』および藤子作品を軸に構成されていたこの時期のコロコロコミックを知る者としては、正直2026年に編集部と藤子プロの間で起こったとされるトラブルは信じられませんでしたね。現在は男児向けホビー誌としての特色が強い同誌ですが、子供の人気を敏感にキャッチして展開するという点では一貫した編集姿勢といえるかもしれません。
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