1980年10月に小学館より創刊された、『ビッグコミックスピリッツ』創刊号から創刊4号をお譲り頂きました。ありがとうございます。
この時期次々と創刊されたいわゆる青年コミック誌となります。本記事では、当時の状況と『ビッグコミックスピリッツ』創刊号の内容をあわせて紹介します。
70年代末の状況:青年コミック誌が相次いで登場
1979年に集英社が創刊した「ヤングジャンプ」(当初は月2回刊でスタート)は、少年ジャンプを「卒業」した読者の受け皿的なポジションを担うようになります。
当時の少年誌上では、性愛や暴力といった過激な表現が多く見られました。「ヤングジャンプ」や80年6月創刊の「ヤングマガジン」は、そうした少年誌の過激な部分を独立させ、青年コミック誌として普及していった印象です。
青年誌としては後発のタイミングで創刊した「スピリッツ」は、当初は他の青年誌同様に劇画系と少年誌系の作風が折衷したラインナップでした。
小学館の青年誌:「ビッグコミック」ブランド
1968年創刊の「ビッグコミック」ブランドの一角として創刊された「ビッグコミックスピリッツ」。
小学館のマンガ雑誌の中では劇画系作品を中心とする大人向けの「ビッグコミック」や「ビッグコミックオリジナル」よりも下、「少年サンデー」および「少年ビッグコミック」よりも上の年齢層をターゲットとしています。
創刊号から掲載されている高橋留美子による『めぞん一刻』は、少年サンデーでの『うる星やつら』週刊連載との平行しての連載です。
同作と、第3号からスタートしたたがみよしひさによる『軽井沢シンドローム』がヒットしたことから、『スピリッツ』はライト路線に舵を切ります。ただ、「少年ビッグコミック」「少年サンデー」なども近い路線でしたので、ある意味必然でもあったといえるでしょう。
個人的には70年代後半から希望していた不条理SFを手掛けるようになった吾妻ひでおや、デビュー間もないいしかわじゅんというマイナージャンル作家の起用も印象的です。
そのほか創刊号の作家陣を見ると、本宮ひろ志(『男一匹ガキ大将』)や青柳裕介(『土佐の一本釣り』)、宮谷一彦(『ライク・ア・ローリングストーン』『プロレス地獄変』)はすでに70年代に実績のある作家ですね。
岩重孝(いわしげ孝)の『ぼっけもん』は、「ビッグコミック」からの移籍作品となります。はるき悦己はマンガアクションにて『じゃりン子チエ』がヒットした直後ですね。
『めぞん一刻』と『うる星やつら』
なお、スピリッツは当初こそ月刊誌としてのスタートでしたが、81年7月からは月2回刊、86年3月からは週刊化されています。
『めぞん一刻』の連載終盤はこの週刊化以降にあたり(1987年19号まで連載)、同じく「週刊少年サンデー」87年8号まで連載された『うる星やつら』とあわせ、高橋留美子氏は週刊連載を2本平行させていた時期があったわけです。
当時の私は『めぞん一刻』を単行本で追いかけていたため、そんなすさまじいスケジュールの中であの素晴らしいラストが描かれたとは知りませんでした。
古書店三月兎之杜では、昭和の週刊漫画誌の買取をお待ちしております。特に人気作品の連載開始号は積極的に買取しております!
人気が出てからの最終回掲載号は持っているファンは多いのですが、新連載の時点では人気が出るかどうかわからないわけですよね。そのため青年コミックに限らず、多くの漫画雑誌の人気作第一回収録号は高めの査定となります。ぜひともお譲りください!
▼各漫画雑誌の買取例はこちら。

















